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あいつと初めて会ったのは30年近く前の話だよ。親はもっといいトコ行けって言ったんだけど、ちゃんと大学も進むし勉強するから最後に高校くらい自分に選ばせてくれっつってさ。学区内では真ん中よりちょい上くらいの高校だった。なにしろ出世しか頭にねえような奴らと机並べるなんてまっぴらごめんだったからな、ギスギスすんのは家ん中だけで十分さ。まあそんなこんなで入ったクラスであいつと机が隣になった。俺は家が家だし、一応成績もいいってんでやっかみもあったのか友達らしい友達も出来なかったが、あいつは入学初日からなんだかふざけてあっという間に人気者になってたよ。
俺とあいつのつきあいは中間考査でカンニングしてんのを見逃してやったのがはじまりさ。チクるどころか俺が「見れば」って自分の答案あいつが見やすいように横にずらしてやったくらいだ。偶然目に入っただけだったんだが、別に他人がどうしようと俺には関係なかったから。あいつは『家がヤクザとつきあいがあるらしいクラストップの成績の石橋くん』がそんなことすると思わなかったらしくて最初驚いたように俺を見て、でも次の瞬間にかっと笑ってセンコーが見てないの確認してから俺の答案丸写ししてた。それ以来俺とあいつはなんとなくつるむようになった。俺はもちろんあいつも不良って訳じゃなかったが悪い遊びもまあまあしてたよ。その中でもお互いの性格の違いはよく出てたがな。俺はやるならとことんきっちり悪いなら悪いでやれるとこまでやってたが、あいつは元がお人好しなせいかあくまで「遊び」で割り切ってた。時々喧嘩もした。なんだかんだでクラスでも学年内でも2大勢力だなんて騒がれてたから、いつ俺達がぶつかるかなんて周りはかなりはらはらしてたみたいだけどな。
だがあいつとも俺が進学、あいつが家業を継ぐってことで進路が別れてからは糸はぷっつり途切れたね。もともと親友みたく仲良しこよしじゃなかったし、卒業式にも何の別れの挨拶もなくあっさり別れたよ。もう会うこともないと思ってた。しかし運命ってのはどう転ぶか分からんもんだな。もともとは前線じゃなくブレーン候補だった俺が大学辞めてそのまま直行で組入りしたら、何故かあいつも家業継がずにそのままこっちに来てんだもんな。あんときゃ思わず笑っちまったよ。お前何やってんだよって。
その時初めて分かったが、俺とあいつは最初っから無関係ってわけじゃなかったらしい。俺の家が関係結んでたとことあいつの家、つまりテキ屋だな、その元締とは繋がりがあったようだ。お互い会うのはあの教室が初めてだったが、まあ会うべくして会ったようなもんかな。
......それが偶然だったのか必然だったのかは分からないが。
「なあ、最近河田さんが変わったやつ拾ってきたんだってな」
珍しく二人きりで電話番をしてる時、あいつ-憲武がふと言いだした。変わったやつ、とは言うまでもなく成井のことだ。同じ時期に組入りした俺達だが、俺は頭の良さや善悪考えずあっさりやるとことかが世話役である河田さんに気に入られててよくしてもらったりいろいろ任されたりついて回ったりしてたが、憲武はこんな世界にいてもどこか吹っ切れなかったみたいであまり世話役からは目をかけてもらってなかった。その代わり別の幹部にはくっついてたみたいだけどな。その人からだろうけど、世話役が成井を拾って教育してることを聞いてきたんだろう。
「ああ成井か、まだ毛も生え揃わねえようなガキだ。面白いぜあいつ。大人みたいな目しやがるし、俺や世話役どころか組長にも大層な口聞きやがる。世話役がすっかり気に入っちまって、仕事俺に任せて自ら鍛えてるくらいだからな。まあ、鈴木さんとこで働かせながらなんだけどよ」
「.....そーいやさ、ちょっと聞いたんだけど」
「何」
成井の仕事先であるバーのことが出た時、憲武は少し下を向いた。読んでいた漫画を放り出して俺を見る。
「お前、ひろ美ちゃんとやったんだってな」
「俺だけじゃねえよ。みんな交代でやってる。それに最初に言い出したのは世話役だよ。一度やったら満足したみたいでその後は一応俺が優先的にやらせてもらってっけどな」
「.........」
憲武は表情を曇らせた。明らかな非難の目だった。
「......いくらなんだって酷くねえか、みんなでよってたかってなんて」
「別に強姦したわけじゃないぜ、合法的だ。やる前にマスター達には許可もらった」
「だからってあんな年端もいかないようなコを....」
「憲武」
自分とは違う人種だと割り切ってつきあってはいたものの、俺はさすがにいらついて煙草を灰皿に押し付けて憲武に向き直る。
「ひろ美ちゃんがいるあそこは世話役の領域。うちが守ってやってる。だからそこの娘をどうこうしようとマスター達が逆らえるはずねえだろ。それにひろ美ちゃんだってイヤイヤやってんじゃねえんだ、逆に抱かれる腕を求めてるくらいだぜ、知ってんだろそれ」
「.....そう、だけどさ.....」
「お前勘違いしてっかもしれねえけどよ、慰みものにしてるわけじゃない。それに元がまっさらだったからやればやるほどそりゃあイイ反応するぜあのコ。やっぱ若い女は違うよ」
「........」
「なんなら、お前も試してみりゃいいじゃねえか」
「誘われたけど丁重に辞退したよ」
「へえ?」
「『憲武さんは私を抱かないんですね、私魅力ないですか?』なんてさ。あんなコからそんな台詞がすらすら出てくるとちょっとビビるよ」
憲武は自棄気味に言ってふっと笑った。
「まあ、ひろ美ちゃんもそう言うだろうな。しかし俺らももうお役御免だ」
「なんで?彼氏でも出来たのか?」
「あいつ.....成井だよ。ひとつ屋根の下に住んでんだ、そうなるのも時間の問題だろうなって思ってたら案の定さ。ひろ美ちゃんだって俺らみたいな年寄りより若い男の方がいいだろうし成井だって中身はともかく一応健全な若者だ、イイ感じとまでは行かなくても少なくともひろ美ちゃんはのめり込んでると見たね」
「ふーん.....」
「それにあまりに別世界なのは重々承知で、俺と世話役は希望的観測を抱いてる」
「希望的観測?」
憲武がきょとんとするのを見て、俺はテーブルの上の急須から紙コップに茶を注ぎながら言う。
「お前も知ってっだろうけどさ、あいつら二人とも親に捨てられてる。俺みたく途中からアウトローしたわけじゃなく最初っからそうせざるを得なかった。なんてったって人が人生で最初に受けるだろう親の愛情ってもんをはなから知らないんだからな。特に、ひろ美ちゃんはだ。あのコは愛情どころか親の顔も名前も知らない」
「ああ」
「成井は、こういっちゃなんだが相当ひねくれてる。あいつの親がいけねえんだからどうしようもねえけどよ。あいつも愛情を知らない。そういうものからずっと遠ざかって生きてきた。なんだかんだであいつら二人ともうちが救ってやって生きてるが、あいにく助けられるのは命だけだ、あとはどうにもならん。そういう二人ならどうにかお互い救えるんじゃないかと思ってな。自分以外を大事にするということを知ることができるかもしれない」
「............」
「.......ま、面白半分だけど。あんなコが成井みたいなのにハマっちまってな。どうなんのか見物ではあるぜ」
最後の俺の言葉を憲武はおそらく『はぐらかされた』ととっただろう。
そうだ。俺どころか世話役の真意なんて分からねえ。成井にゃタダ飯食わせてるわけじゃない、いずれ自分の、組のコマとして働いてもらう大切な金の卵なのだから。ひろ美ちゃんでさえ成井の女なら何かに役立つに違いないしな。
「人のことよりお前んとこはどうなんだよ」
「ん?」
「知恵ちゃんだよ。結婚、すんだろ」
「ああ」
憲武は途端に嬉しそうに微笑んだ。
「もうすぐ入籍する予定だ。こういう時めんどくさいこと言う親だ親戚だってのがいないのは楽だな。俺としてはドレスくらいは着させてやりたかったが」
「お前はほんとにいいのか?相手、あのC.Aの本部長なんだろ?」
憲武の妹である知恵の結婚相手。そう、現在憲武の最も信頼する部下である星野教昭は当時全国で猛威を振るったC.Aという暴走族の本部長を務めていた。妹のことは俺もちょっとは知っていたし、その時の俺の女である友美子と彼女は親友同士だったようだ。なんで彼女と星野が知り合って結婚するようになったかまでは俺の知るところではないが、あの憲武がよくそんなカタギとは懸け離れた男とのつきあいを許したと俺は思っていたよ。自分の職業を省みればそんな強い事は言えないのかもしれないが。
「ホッシーはこれを機に引退するって言ってるよ。ほんとは俺の元で働いてくんないかなとか思ってもいたんだけどね、知恵を幸せにするからって。そのためには俺との縁を切って一切関わりないとこで暮らすかもしれませんって。そうまでして知恵のことを思っていてくれてるんだ、俺が心配することは何もないよ」
「肉親の縁を切れなんて言う男なのにか?」
「縁なんてどうせ紙切れ一枚のものだよ。例え書類上はそうじゃなくなったとしたって俺と知恵が兄妹なのには変わりはないし、そのうちあいつは木梨知恵じゃなく星野知恵になるんだ。俺はもうそうなったつもりでいるし、そうしっかりと言いきってくれるホッシーに妹を託そうと思っている」
「ふーん....」
「知恵が幸せだと思うのなら、俺はそれでいいさ」
自由奔放に生きる憲武。俺とは違う。こいつは家に囚われることなく自分の意志のままに生きている。要領もいい。いつまでもふわふわと安定しないくせに時々ヤケに正義感を前面に出すところが俺は嫌いだった。いつだって本心をけむに巻いてしまう。策略を巡らせることもなく行き当たりばったりで、卑怯なことが出来なくて。こんな男とどうして俺は一緒にいるのかとよく思ったもんさ。だが俺はちょっとこいつを見直した。妹が他人に奪われていくというのに、しかも相手はまっしろカタギの人間ではないというのに。抜けたからと言って狙われないとは言い切れない。それなのに大切な妹をくれるという。自分の世界に巻き込ませないために縁を切ってもいいという。意外と芯のしっかりしたヤツなのかもしれない、とな。
それとも、自由気侭というのも俺が思う程簡単ではないということなんだろうか。
「ま、めでたいことだ。俺も知恵ちゃんのことは知らないわけじゃねえ、おめでとうっつっといてくれ」
「おお、内輪だけでお祝いするからお前も来てくれよな、友美ちゃんと」
修羅の世界の中でのささやかな幸せ。誘われなくても友美子が強引にでも俺を引っ張っていくだろう。たまには茶番につきあってやるか、と俺は苦笑してその祝いの席に思いを馳せた。
しかし運命はそのささやかな幸せさえ許してくれなかったんだ。この道に足を踏み入れた時点でそんなことはもう望んではいけないことだったのかもな。
入籍2日前に憲武の妹は死んだ。星野教昭の女であることが新進気鋭の対抗組織にばれて、拉致されたらしい。奇しくも星野の引退式当日だった。
棺にとりすがって泣く友美子。さすがの俺もその姿とにっこりと微笑む遺影に生前の彼女を思い出して多少は胸を痛めた。伴侶となるはずだった、そして憲武の義弟となるはずだった星野の女だったというだけで殺されてしまった彼女。さぞかし憲武は星野にどう接すればいいか分からないだろう。最も信頼するはずだった相手をこれからは憎まなくてはならない。あの憲武には難しく苦しい所業だろうと思って、俺はちょっと声をかけてやろうと控え室に向かった。
だが。
最愛の妹を失って憔悴しているはずの憲武は、うなだれている星野の肩を抱いて逆に元気づけようと無理に声を張り上げていたんだ。
「ほらホッシー、ちゃんと知恵を送ってあげてよ、ね?最初で最後んなっちゃったけど、あいつの夫としてしっかり見届けてやって」
「.......申し訳、ありません......」
「謝ったって知恵は戻ってこないよ、それよりその分ホッシーが生きてやって。俺もその分ホッシーに託すから。あいつが信じた男を俺は信じるから」
「でも.....俺の女だってばれなきゃこんなことには......」
「そんなの分からないでしょ、人なんていつ事故で死ぬかも分からないの。星野教昭の女になるって決めた日から知恵だってきっとそう思ってたはずだ、だからもうそんなこと言わないで。それよりこれで俺とホッシーの縁が切れただなんて思うなよな、俺はカッコよくて立派な弟が出来たと思って喜んでんだから」
「.....そんな.....知恵さんを大切にすると言っときながらこんなことになってしまって....俺にはもう憲武さんの目の前に立つことさえ.....出来ません」
「何言ってんの!俺はホッシーを恨んだりしちゃいない、いつまでもホッシーがそんなんじゃ俺だって逆に困っちゃうじゃないの」
「憲武.....さん......」
「ホッシーを憎んだり罵ったりしたって知恵は帰ってこないんだから。それよりも俺は知恵が愛した男を知恵と同じくらい大切にしたいよ。これから辛いことはあるだろうけど周りに惑わされたりしないで頑張ってくれよな、いつでも俺んとこ来ていいんだぞ。ほら、いつまでもそんな顔してちゃ鴨川の星野の名が泣くぜ?知恵だって、自分のせいでホッシーが苦しんでるんだと思うといつまでたったってあの世に行けない。あれでも星野教昭の妻になろうって女なんだからな、笑われるぞ」
「.....ありがとう.....ございます.....いつか、いつかこの償いは必ず......!」
ドラマみたいな白々しい台詞が次々と憲武と星野の口から吐き出されるのを、俺は背中に寒気が走る思いで聞いていた。知らないうちに拳を握っていたよ。
あいつが信じた男を俺も信じるだって?
立派な弟だって?
恨んだりしていないだって?
そんな馬鹿な話があるか。他人が、血の繋がった妹を殺したも同然なんだぞ?星野と関係がなきゃ妹は普通に平和に暮らしていけたんたぞ?殺したい程憎いのが当然じゃないのか。それをこれからもヨロシクして行こうだなんて、お前は軽すぎるぞ憲武。
一言言ってやろうと一歩踏み出したところで、憲武達が出てきた。俺を見ていつもみたいによう、と手をあげる。
「悪かったな貴明、忙しいとこにさ」
「いや....そんなことはないが」
「ほんとはなあ、違う形でこう言いたかったんだけどなあ」
「........」
「一応、貴明にも紹介しとくよ。知恵の旦那になる予定だったヤツだ。ホッシー、こいつ俺の悪友で、同僚」
憲武は言って後ろに申し訳無さそうに立っていた星野を俺の前に出す。
「.....あ、はじめ、まして....」
「名前と噂だけは知ってるよ。C.Aの本部長で、それから知恵ちゃんを殺した男だろ?」
「貴明!」
「間違っちゃいねえだろうよ、憲武」
俺は憲武を見ずにそう言ってから、目の前の星野の襟元をひっ掴んだ。
「なあ、お前の女だったから知恵ちゃんはあんな風に死んじまったんだろう?だいたい本部長が引退だなんつったら直系の族だけじゃなく周囲だって大騒ぎさ。引退前にお前の首狙ってやろうって輩だってぞろぞろいるんだ、お前その辺り考慮に入れて彼女を守ったか?自分のことばっか精一杯で彼女に目が行ってなかったんだろう?」
「貴明!やめろってば!ホッシーのせいじゃない!!」
「お前馬鹿か!?こいつはお前の妹奪ったんだぞ!結婚という形でお前からは離れる予定だったが、それはお前が前言った通り紙切れ一枚の問題だ。だが今は違う。知恵ちゃんは永遠にお前の元に戻ってこねえんだ!なあ、星野とやら、そうだろうよ」
「..........」
「なんとか言えよお前、それでもあのC.Aまとめてた男かよ?」
「........返すお言葉もありません、全て、あなたの言う通りです.......」
「ケッ、だらしねえ」
「貴明!」
そこへ友美子が飛び込んで来た。一瞬憲武の顔を見てから俺のジャケットを掴む。
「ちょっと貴明ってば、なにやってんのよ!」
「何もクソもねえだろ。友美子、こいつがお前の親友殺した男だぞ」
「貴明ったら!あたしは星野さんのことそんな風に思ってないわよ!今さら何言ってもしょうがないでしょ」
「お前もかよ、それでお前はこいつ許せるわけ?」
「そんなのは肉親である憲武さんが決めることで、あたしが口出せることじゃないわ」
「...........ふん」
俺は言い返そうと思ったが、確かに友美子の言ってることは間違いない。珍しく興奮しちまった自分に舌打ちして掴んだ星野の襟を振りほどいて突き放すと、憲武に向き直る。
「いつか、それがお前の命取りになるぞ。そうやって苦しんでりゃいいんだ、一生」
「貴明ったら!」
「お前にゃ向かないシチュエーションだろうから助言してやろうと思ったんだけどよ。まあそれは無駄だったようだ、邪魔したな」
一度だけ星野の顔を見てから、俺は友美子にも構わずその場を後にした。
それから俺は憲武と必要事項以外は滅多に口も聞かなくなったよ。もともと憲武みたいな奴とつきあってた俺がおかしかったんだ。この世界にいながら悪になりきれない、それでいて要領良く生きてるあいつ。運命だったと肉親を殺される理由となった相手を憎まないあいつ。アレがあって俺は今までよりあくどい仕事も躊躇することなくこなすようになった。そう、成井みたいにな。ある意味成井はこの世界じゃ正しいんだ。いちいち善悪気にしてちゃ自分の命が危ない。組を最優先に、それでも自分を守るには生半可な気持ちじゃやってられねえんだ。毎日言われるままに切り込んで行って血に染まってたよ。そうやって、いつか憲武を、憲武のあの根性をぶった切ってやろうと思ってたんだ。
「貴明」
会えば傷だらけの俺を友美子は心配した。
「あなた最近おかしいわよ、いっつも血の匂いがする」
「しょーがねーだろよ、そういう仕事なんだから」
「でも今までこんなことなかったじゃない、やりすぎよ」
「うるせえな」
「......吉野さんが気にしてたわよ、最近憲武さんと話もしないんですってね」
「........」
吉野は俺と憲武のすぐ後に入ったやつで、共通の部下と言ってもよかった。憲武程お人好しでもなく、かと言って俺程割り切ってるわけでもない。俺にも憲武にもいい顔をしているのが分かっていたし、最近は憲武にけしかけられでもしたのかいちいち身体を気づかったりしやがっていらいらしてた。傷付くの怖がってこの世界でやってけるかっての。
「お前も憲武も吉野吉野って、いい加減にしてくれよ」
「あなたのことを心配してるのよ?憲武さんだって」
「なら結構、そんなもん俺には必要ねえんだ、生憎な」
「あたし、もう貴明についていけない」
涙をためて友美子は俯いた。
「.........」
「この頃の貴明怖いもの。あたしも憲武さんも吉野さんも本気で......」
「じゃあどこへでも行っちまえ!ちょっと血が流れたくらいでいちいちめそめそするような弱え女は俺だっていらねえんだよ!!」
「.......分かったわよ、出てきゃいいんでしょ!」
ヒステリックな泣き声で叫んで、友美子が出ていく。俺は出ていった方向を見ることもせずに背中でそれを流して、テーブルの上のボトルをそのままあおった。俺と友美子はもともと彼氏彼女なんて関係じゃなく、お互い特定になることもなくなあなあのままつきあっていた。俺にとっちゃ合法的にいつでもやれる女がいなくなったくらいのことで、それもまあたいしたことじゃない。やろうと思や強引にやれないこともない。何より俺は人が自分のせいで泣いたりわめいたり親身になって心配してやろうなんていうのが嫌いだっただけだ。そんな感情を抱えていてはこの世界じゃ生きていけない。邪魔なだけだ。
とりあえずひとつそういうのがなくなって俺はせいせいしてたんだ。
しばらくしてちょっとヒマが出来て友美子の部屋へ行った。ちょうど手頃な女も見つからなくてな、しょうがねえから御機嫌とってやらせてもらおうなんて考えてたんだよ。
何の気なしにあいつの部屋のドアを開けて中に入って俺は立ち止まった。
そこに、吉野がいたんだ。もちろん友美子と一緒にな。