GET.GIF - 1,995BYTES

 

 

3

 

 大原がいなくなったことは、木梨組にとって大きな損失だった。
 人数的に五分五分になり、さらに星野と神波は負傷。そして木梨は身体を傷つけられる以上のショックを受け、星野がどんなに危険だからと言っても自分の回りに人を寄せつけようとしない。あの石橋が見込んだという飯塚生臣を仕留めたという勝利ムードはどこにもなかった。
「.......やっぱ俺が行きゃあよかった」
「星野さん」
「俺は半田と一緒に結構ギリギリまで成井を疑ってたよ。うまく騙されちまった。半田は最期まで成井を疑って、それで殺られたに違いねえ。俺ももっとそれを考えてりゃよかったんだ。大原に行かせさえしなければ」
「それはしょうがないっすよ、それより俺が、俺がなんとか網野を振り切れれば....そうしたら、間に合ったかもしれないのに......俺が根性無しで.....」
「馬鹿!それでお前が大原んとこに行く前にやられちまったら元も子もないだろうが。お前が無事でよかったと俺はほんとに思ってんだ、根性無しだなんて思ってねえ」
「それだったら星野さんだってっ.....」
 続く二人のやり取りを、神波は痛む腹部を押さえながら静かに聞いている。やがて下を向いたままぽつりと呟いた。
「すみません、星野さん高久さん」
「神波」
「何お前が謝ってんだ、お前は何にも悪いこたしてねえよ。大原んとこに行ったの気にしてんのか?」
「........」
「確かにお前が大怪我したのはキツいが、お前が異変を感じ取って大原んとこに駆け付けなきゃ、大原はたったひとりで死を迎えてたかもしれないんだ。それだけは....よかったよ。少なくとも俺達が最期を看取ることが出来て。......そうならなきゃ、もっとよかったがな」
「......それも、ですけど.......それだけじゃなくて......」
 ぎゅっと拳を膝の上で握る。
「.......俺が、ここに入ったから.....」
「おい、神波」
「何言い出すんだよ神波、もともと石橋んとことうちは争ってんだ。お前が来たことなんて何も関係ない。それに成井が潜入したのも自分のせいだって言うのか?それならあっちが」
「だけど!」
 高久が驚いてそう言うが、神波は首を振った。
「俺が来てから、急速にコトが進んでるでしょ?それに志帆さんがこっそり教えてくれた。俺を巡ってちょっともめたこともあるんだって。俺が、俺がいなきゃあそんなことには......」
「そりゃーねーちゃん達の事情だろうが、お前のせいなんかじゃない」
「石橋のとこのお姉さん方とも連絡とれなくなったって聞いてます。中心にいるのが成井さんの彼女ですよね、協定結んでるとか言っててあっちはそれ簡単にやぶって動いてた。いつか成井さんと彼女さんがここに来たのも、全て演技だったんですよ。きっと俺なら騙せるって思ったんだ.......大原も」
「.........」
「俺のせいで.......大原は........和恵さんだって........」
「神波」
 星野が珍しく声を荒げる。神波はびくりと肩を震わせた。
「確かにお前が来たことで変わったことはいろいろある。しかしそれはうちだけじゃないだろう。成井が当時言ってたやつによりゃあ俺の相手は飯塚じゃなくて平山だったはずだ。それがお前を見っけてなんでか知らんが動揺しちまって裏にひっこんだと。俺にとっちゃよかったと思ってるよ、そりゃーな」
「..........」
「お前は今これまでの全てを否定してるかもしれん。ここに来て、最初港さんとこのに絡まれて、それ平山に助けられて、んで高久に会って、俺に会って。全部なければよかったって思ってるんだろう。だが、意味のない出会いなんてどこにもない。絶対どこかにちゃんと理由があるんだ、お前が今ここにいるのもな。お前は一旦人生捨てて、また何か見つけるためにここへ来た。それから先は誰にも簡単に想像なんかつくもんじゃねえんだから過去をいちいち気にしてたらやってられねえよ。そんな、何でもかんでも自分のせいにばっかすんじゃねえ」
「......じゃあ、星野さんも高久さんも、自分のせいだ自分のせいだって言い合うの、もうやめてくださいよ」
「!」
 二人は顔を見合わせて押し黙る。
「.....んだな。悪かった」
「すみません、生意気なこと言って......俺は自分の身も満足に守れないのに.....」
「もう言うな」
 星野はふっとため息をついて天井を見上げた。気持ちを切り替えるようにしばらくそうしてから神波と高久を見る。
「俺達はどーにも過去を気にしなきゃやってられん性分なのかもしれん。憲武さんも、半田も......大原もだ」
「........」
「しかしそれはとりあえず今は考えるのをやめよう。只でさえ危険なのに今の憲武さんは半田と大原を失ってさらに危うい。命令だからしょうがねえが、それでも港さんとこの奴がギリギリの距離で憲武さんの周囲を監視してくれてる。それ頭において、でも自分守れ」
「難しい注文ッスね」
「ああ。だがやるしかない。弔いだなんて悠長なことも言ってられん。きっと向こうは飯塚一人犠牲になったことなんて屁とも思ってねえさ、次が来るぞ」
「はい」
「......神波はとりあえず休んでろ。休めるうちにな。もしかして休ませてもくれないかもしれない。辛えが、俺も高久もお前についてやれねえ」
「大丈夫です、なんとかします」
「まだ終わったわけじゃない、やるぞ」
 木梨のために、木梨の恩情で生きている。
 仲間のために、男としてのプライドを賭けて生きている。
 信じるもののために、気力と成井にも想像できなかった運の強さで生きている。
 俺達が求めるものは、勝利のみ。
 まだ、幕は下ろされていない。

 

 

「......ああ、分かった。.....うん、じゃ引き続き頼む」
 平山はぷつりと電話を切った。
「どうだ、平山」
「はい、星野達は木梨とは離れているようです。予想通り木梨は相当まいってはいるようですが、敵どころか味方も寄せつけないそうで」
「それで」
「まあそれでもそこまでバカな奴らじゃないでしょう、港の手の者があちこち散らばって監視はしてるみたいですが。結構数いて振り払うのやっかいみたいですね」
「成井からは連絡は」
「まだです。あいつが芋川さんとこのを動かしてどうにかしてくれるようですけど」
「分かった」
 石橋が頷いたところでシュウが部屋に入って来た。スーツについた汚れをパンパンと払う。
「ただいま戻りました」
「おかえり。何かあった?」
「大アリですよ、途中で成井から連絡入ったんでそっち向かおうとしたら囲まれまして。しょうがないんで片付けてきました」
「御苦労さん」
「久しぶりの肉体労働で疲れましたよ」
「へっ、その割にゃあなんともなさそうだがな」
 シュウは石橋を見ると珍しくにこ、と笑った。
「まあいつもやってることなんで、仕事自体はなんてことないですね」
「ちょっとしたら俺が出るから。成井の行き先教えてくんないかな」
「はいはいちょっと待って下さいね、数カ所目星つけてたみたいなんで今そのメモを」
 そう言いながらシュウが懐から紙片を取り出したところで荒々しい足音が近付いて来て、二人はさっと体勢を整える。バンと勢い良くドアを開けたのは、成井だった。
「なんだ成井か、おかえり」
「どうしたそんな息切らして」
 成井は膝に手をおいて、肩で大きく息をしている。石橋も訝し気にその姿を見た。
「成井、どうした」
「.......」
 全速力で走って戻って来たのだろう、少しの間そうやってなんとか息を整えると、成井はシュウと平山を見てから、石橋をゆっくりと見上げた。その頬にまだ新しい血がついたままで、平山は驚く。成井はいつだって返り血はその場で即座に拭き取っていたからだ。
「......成井?」
「平山さんシュウさん、それから.....貴明さん。よく聞いて下さい。この俺、にも、予想外のことが起こりました。聞けば.....どうして俺がこんなんか分かります」
「何だ」
 なんとか息をついて、成井は続けた。
「.........木...憲武さんが.......」
「木梨がどうしたって?」
 石橋が眉を顰める。木梨のことを『憲武』と呼ぶのは石橋かあの組の連中、そして一応昔から知り合いではある成井だけで、その成井も滅多にそうは呼ばない。
 わざわざ言い直した成井。それはシュウと平山にも告げるようで、明らかに石橋一人に向かっての宣告だった。
「......やられ.......ました.......」
「!!」
 シュウと平山は同時にガタリと立ち上がる。
「何だって!?」
「成井.....それ、間違いないのか」
「はい」
 成井は頷いて頬をハンカチで拭うと、姿勢を正して3人を見た。いや、視線は石橋にのみ向けられていたように見えたが。
「雑魚片付けながらポイント当たってたら....ちょうどその現場に遭遇して.....間に合いませんでした」
「誰だ相手は?うちの枝の奴か?」
「違います......アレ、最近渡辺んとこに入って来た新人です......ヤク入りでちょっと、いやかなりぶっ飛んでるような」
「な.......」
 石橋は成井の報告を聞いた瞬間の表情のまま言葉を発せず動かなかった。
「憲武、さんは逐一場所を移動していたようでした。子供じゃないんだからそんくらいは一人で出来ますからね。ちょうど、物凄いタイミングで......」
 す、と石橋が椅子から立ち上がる。得体の知れない空気が石橋を包んで、側にいたシュウと平山はぞくりとした。まっすぐ前しか見えていないような目でデスクの前を通ってドアへと向かっていく。
「貴明さん」
 成井が声をかけるのにも石橋は眉一つ動かさない。
「貴明さん!」
 成井は臆せず石橋の前にまわると、その頬を一発バシンと張った。動きが止まる。
「成井っ」
 平山が驚いて足を踏み出そうとするとシュウがそれを止めて小さく首を振った。ゆっくりと、石橋と成井を見る。
「......俺が、分かりますね?」
「......ああ」
「場所も知らないでどうするつもりなんですか」
「どこだ、教えろ」
 石橋は物凄い目つきで成井を睨んだ。成井は冷静にそれを見返して石橋の腕を掴む。
「俺も行きます。お一人では行かせられません」
「いい。俺は雑魚なんぞにやられたりしない」
「そうやって感情で動くのはくだらないんじゃなかったんですか!?」
 珍しい成井の大声に石橋は目を見開いて、それからやっと心地がついたようにして切れた唇の端を舐めた。
「.......分かったよ」
「そんな急がなくても殺った奴は逃げませんよ。捕獲するよう手配しておきました」
「.......」
「平山さん」
 成井は腕を離すと、一度平山に向き直る。
「そのうち芋川さんから連絡が入ると思います。なるべく木梨側には遅く情報が行くように言っときましたから」
「ああ....うん」
「とりあえず行ってきますから、戻るまでお願いしますね」
「承知した」
「一応場所お二人にも教えておきます、ホテルセンチュリーの角まがったところの、自動車整備工場の前です」
「.........」
「じゃあ、行ってきます」
「余計なお世話なのは分かってるが、気をつけてな」
「はい」
 二人がドアを閉めて出て行った後も、シュウと平山はしばらく動かなかった。


2   next
menu