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「ただいま」
 サムソナイト社の真新しいトランクを下げて事務所のドアを開けた成井は、バーテンダーの外人と身ぶり手振りを交えて会話しているジェリーの姿を認めて声をかけた。
「成井さん」
「テキーラサンライズ」
「OK」
 挨拶代わりに注文を頼んで、ジェリーの隣に座る。
「お疲れ様っす、もうこっち復帰ですか?」
「ああ、とりあえず幕は上げて来たからね」
「はっやーい」
「向こうが気付くまでにどのくらいかかるか分からないけど。いい加減2人一度にいなくなったらおかしいと思うだろうしね、半田が見つかったらみんなにも動いてもらうから」
「はい」
「修正どのくらいしたかなんて知ってる?」
 グラスを受け取りながら聞くと、ジェリーは記憶を辿るようにうーんと唸って首を傾げた。
「えーっとですねえ、確か今朝の時点で3分の2くらい進めたって言ってたような......」
「そうか。今上にいる?」
「あ、今は平山さんと出てますけど」
「じゃあ貴明さんひとりか」
「ええ、俺メシ行くとこなんで」
「分かった」
 中身を一気に飲み干して立ち上がり、トランクを抱える。階段へ向かいかけて成井はジェリーを振り向いた。
「そういえばジェリー手術......」
「ストップ」
 言いかけた成井に向かって指を突き付ける。
「それは、今は考えないようにしてますんで」
「........ああ、悪い」
「俺が出来る事を今やります。多分その、半田の事があってだと思うんですけど、向こうちょっとばたばたしてるみたいなんでシュウさんが動いたら俺も、と思ってて」
「それでいいよ。下っ端は俺らで片付けちゃうから。本来なら逆なのかもしれないけどね、星野の場合はもしかしたら情にほだされるかもしれないし。それで木梨にいるようなもんだからさ」
「はい」
「じゃあ、また後で」
 成井が上へ消えるのを見届けてから、ジェリーは席を立って外へ出た。

 

 ドアがいきなり開いて、ソファに足を伸ばしていた石橋は怪訝そうな顔で音のした方を見る。当たり前のようにすたすたと入って来た成井に、体勢を戻すと笑い混じりに言った。
「おい、お前ノックくらいして入れ」
「俺が今までしたことなんてありました?」
「いやねーけどな」
 成井はトランクを自分の机の上に置いてから、石橋の前に立つ。
「とりあえず、半分仕事終えて来ました」
「ゴクロサン。よく耐えたなお前」
「もう顔も見ることないと思うとせいせいしますよ。ま、幾人かは死に顔まで見てやんないといけないですけどね」
「半田のは見て来たんか?」
「いいえ、勝手に死ぬようにしてそのまま放ってきちゃいましたから」
「ほお」
「いくらなんでも今週中くらいには見つかるでしょうけど、普通の神経の奴には見れたもんじゃないでしょうね」
「ふーん......」
 興味なさそうに返事しながらも続きを急かすように自分を見上げる石橋に、成井はくすりと笑うと石橋の向かいに腰を下ろした。
「あの俺と引き換えにしたやつがね、LSDの純正品みたいな代物で。アレ飲ませて適度に刺激与えると、マインドコントロールされちゃうんですよ。昔アメリカでは科学者実験材料に試してたそうなんですけど」
「へえ。で、それ飲ませて死ねってか」
「まあそうです。俺もやたら血で身体を汚したくないんで」
「ハッ、よく言うぜ」
 成井を制して自分で煙草に火をつける。
「俺の知ってる人間には対象相手をいかに綺麗に殺るかってこだわってるのもいたけどな、お前は絶対そうじゃないもんな」
「俺はそこまで頭回りませんから。俺の範囲内で『綺麗に』片付けばそれで。今回みたく予定通りスタートしないのがいちばん嫌なんですけど」
「計算外のことも考えて動くのがお前の仕事だろ?」
「......そんなに俺が動き回るのが好きですか」
「ああ好きだね、そんじゃなきゃ俺も世話役もここまで目ぇつけねえよ」
「ま、嫌な仕事させられたのは今回くらいですしね、有り難いですよ。それより修正分、分かります?」
「シュウがパソコン中入れてたぞ」
「そうですか」
 成井はデスクに向かい、パソコンを立ち上げながら受話器を取った。プッシュボタンを押してから、同時にトランクの中から資料を取り出す。
「高塚?成井だ、芋川さんは?.......じゃお前でいいや、全部元に戻しておけ。......ああ、後で報告しといてくれればいいから。......うん、もう動いて。頼んだぜ」
 早口に言ってがちゃんと受話器を置く。資料とパソコンの画面を交互に見ながら次々と進んで行く成井を、石橋は今更ながらも頼もしく見た。
「ほんとお前がいると俺楽出来ていいわ」
「んなこと言わないで下さいよ、ちょっとは俺の苦労背負って下さいよね」
 煙草を唇の端にくわえながら愚痴る。
「そう言うなよ、俺が後ろにいるからお前が好き放題やれんだぜ?あ、そうだ、半分渡しとくか」
 石橋は自分のデスクの引き出しから厚い封筒を取り出した。ぽんと成井の前に投げる。
「ありがとうございます」
「たまにはひろ美ちゃんに何か買ってやれば?」
「そんな暇あると思ってんですか」
「相変わらずなんだろ?いいなあ不自由しなくてよ」
 ふっと笑って成井は顔をあげた。
「貴明さんだってその気になればいくらでもいるでしょう」
「俺は面倒だから作らねえだけだ。それに、お前に頼めばやらせてもらえそうだしな?」
「.....そりゃあ、俺が仕込んだんですから貴明さんがお望みでしたら」
「冗談だよ、いくら俺でもお前の女取ったりしねえって。知らねえうちになんか飲まされたらたまんねえしな」
「貴明さんなら言いそうですけど」
 ぼそりと呟いて封筒を取り、トランクにしまう成井を見て石橋はにやりと笑う。
「珍しいなマジにとるなんて。さてはたまってんだろ、忙しくなる前に行っとけよ」
「別に。血にまみれてる間の方がやりたくなりますし、あいつもなんでかそういう時の方が欲しがりますから」
 成井はさらりと言って作業を終えると、煙草を消して立ち上がった。
「シュウさん帰って来たら全部直したっつっといて下さい。連絡下されば戻りますから」
「おお、なんだ、出るんか?」
「出来れば平山さんとあまり顔突き合わせてたくないんで」
「んなこと言って、理由付けだろそれ」
 クックッと楽しそうに笑う石橋に諦めたようにため息をつきながら笑う。
「出来れば邪魔しないで下さいね」
「はいはい、ゆっくり楽しんで来て下さいよ。おもしれーよお前、そんな事言うなんてめったにねえもんな。それとも開き直ったんか?」
「けしかけたの貴明さんでしょ」
「まあな。でもそのくらいの方が人間味があって俺は面白いよ」
「そうですか?」
「性欲は万人にあるもんだろ?」
 ふっと笑ってから、成井は石橋に向き直る。
「戻ったら、すぐ次動きますから」
「ああ」
「最後は貴明さんにとっておきますから、充分懐かしんで下さい」
「懐かしむ?」
「親友と対峙するのは、久し振りでしょ?」
「......親友なんかじゃねえ。憎悪の対象、ただそれだけだ」
「こんなに長い間、俺達を巻き込んだ些細な親友間のいざこざじゃないんですか」
 その言葉に石橋は成井の顎を強く掴んで上に上げた。にこ、と微笑む成井。
「会いたくて仕方がないんでしょう。だからいつまでも長引かせてる。まだ何か信じたいがために、どこかうらやましいがために憎悪して。そういう感情は相反するものであって、同時に引き合ってしまうものなんじゃないですかねえ」
「......気を使うってことほんと知らない奴だな、お前」
「どうやっても俺には理解出来ないですけど、貴明さんはともかく木梨は。血の流れない革命なんて、あり得ないと言うのに」
「成井」
 ぐ、と石橋は手に力を込めた。成井の眉が瞬間歪んで、それから素早い動作で腕をあげた。石橋の喉元に、指が突き付けられる。
「俺は、貴明さんがどういう理由でこうしていようとも、やりたいことだけやらせてもらえれば構わないですけどね」
「.........」
「俺、人に触れられるの嫌いなんですよ。手、どけてくれます?」
 成井はそのまま指先に少しだけ力を込めた。指先と、全身から薄く沸き立つような成井のオーラにぞくりとする。
「分かったよ。じゃあお前も力抜け」
「...........」
「他人に、しかもお前にそんなザクザク言われりゃ腹立つっての。いくらお前でもその辺、分かってんだろうな」
「........そうですね、言葉が過ぎました」
 成井が手を下ろしたのを確認してから、石橋も手を離してため息をつく。
「最も人間らしくねえお前の口からそんな台詞が出るのが最大疑問だけどよ、俺も」
「なんででしょうね。多分そう教育されたからでしょう」
「ったく、敵に回したくねえ男だ。同時にお前だけは手許に置いときてえな」
「そんなに評価していただいて嬉しいですよ」
「いいから早く行くなら行け。俺を落ち着かせろ」
「はい、じゃあちょっと失礼します」
 石橋は乱れてもいない襟元を直しながらどさりと椅子に腰掛けて成井を追い払った。少しして成井が出て行ってから、デスクに足を投げ出して目を閉じる。
「.......運命共同体って奴かな」
 お互い殺しても殺されてもおかしくない関係。今はただ、お互いの革命のために共存している。自嘲気味に笑いながら、石橋は再び大きく息を吐いた。

 

 

『俺だ』
「高久さん?」
『ああ。.......あのな、この後電話来たらもう俺に取次がなくていいからな』
「え........」
『.......もう、探す必要なくなったんだ。半田さん、見つかった』
「そうなんですか?よかった、で、どこにいたんですか?」
『..........』
「高久さん......?」
『いいか、落ち着いて聞け。そこに神波もいんだろ?』
「あ、はい.......あの.......」
『.........一応言っとくけどよ、お前らは来んなよ。お前らは留守守ってろ』
「はい.......」
『ダイアビルの奥で見つかったけど、見れたもんじゃねえから』
「.........っ、て.........」

 

『もう、半田さんには会えねえよ』


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