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「お、来たな」
 成井とジェリーが部屋に入って来たのを見て、デスクで書類を見ていた石橋が顔をあげた。
「二人とも奥にいるぜ、早速始めよう」
「はい」
 ジェリーが先に奥へと向かう。成井は自分のデスクの上の書類を持って、その後を追う。
「どこ行ってたんだ?」
「あ、ああ、理恵んとこっすよ、成井さんと一緒に」
「そか」
 シュウの問いにそう答えて、ジェリーはシュウの隣に腰を下ろした。目だけで軽く挨拶して成井は平山の隣に腰を下ろす。珍しい成井のラフな格好に思わず言葉が出た。
「お前もそんな格好するんだな」
「あはは、そりゃしますよ、まあでも平山さん御覧になるの久し振りですかね」
「そうだな」
「2年ですからねえ。じゃ、説明始めてよろしいですか?」
「ああ」
 石橋の声に成井はばさりと書類を広げた。3人の視線がそこに注目する。
「貴明さんにはこの間説明しましたけども、とりあえず全員に理解してもらわないとどうにもならないので、最初から説明します」
 ちらりと石橋を見てから、再び書類に目を落とす。
「ここのデータを少し改ざんしました。俺がここにいた事は多少はしょうがないにしても、切られた状態になるようにしないとまずいんで。それから、いくらかここの情報関連はあっちに筒抜けになります」
「筒抜け?」
「いくら木梨でも俺が貴明さんについていたことは知っているでしょうから。俺もそのくらいの手みやげ持っていかないとどうにもならないんで。あ、安心して下さい。筒抜けって言ってもほんとに表の情報です。こちらに影響はないですから。そうなるように操作しましたんで」
「ふーん....」
「じゃあこっち全員分ありますんで、ジェリー、ちょっと分けてくれる?」
「はい」
 成井が封筒を取り出してジェリーに渡す。ホチキスで止められた数枚の書類を3人が読みはじめるのを見て成井はまた話し出した。
「影響はありませんが、ただひとつみなさんにやっていただきたいことがあります。俺が木梨に入ったことで木梨に効果があるように見せないといけないんで、表面的にはここの体勢を崩してもらいたいんです」
「体勢を崩す?うちの力が落ちたように見せるってことか?」
「ええ」
「それは俺らが演技しないといけないってことかな」
「さすがシュウさん」
 成井は笑ってシュウを見る。
「先程も言いましたけど、この改ざんによってここに影響は全くありません。表面的にだけです。木梨、それからあちらに関わる組、事務所関連にだけですから。ですけどそれじゃあ俺が怪しまれるし、おかしいですからね。大袈裟にならなくていいですから、多少やっきになってる振りしといて下さい。焦る程あちらはノッていきますからね」
「俺演技出来んのかな.....」
 ぼそっと呟いたジェリーに、成井は目を細めて微笑んだ。
「ジェリーは多少大袈裟でもいいから。それがジェリーの持ち味だから」
「うわ、成井さんキツイ」
「貴明さんは問題ないし、シュウさんも大丈夫ですよね、平山さんも」
「俺は引っ込むからあんま関係ねえぞ」
「俺は平気」
「.......ボロが出ないよう気をつけるよ」
 石橋に続いてシュウが答える。平山は苦笑しながら成井を見た。
「お願いしますよ、俺は潜入するんですからね、あっちにもこっちにもメリットがないと俺がいる意味がないですから」
「分かってるよ」
「向こうの予定にもよりますが、逐一情報は回します。ただ少々暗号形式になることもあると思いますんで、それはシュウさんにお任せしますから」
「はいよ」
「下っ端と仲良くなってくるから、そこからのはジェリーに」
「はい」
「上の方のは、平山さんにお願いしますから。あと関連の事務所のも持って来ますんで、それをこっちの傘下のと照らし合わせて下さい」
「分かった」
「それから、あっちにいる間の俺の心配は無用です。ここに帰ってくるまでは俺は敵だと思って下さい。手加減もいりません」
「..........」
「何か質問は」
 成井のその声にシュウが手をあげる。
「今さら聞くことじゃないのは分かってるけど、成井は大丈夫な訳?」
「どの辺がですか?」
「全部だよ。仲良しちゃんは辛いんだろ?」
「ああ、ちゃんとそういうのも教育受けてますから大丈夫ですよ、辛いですけどね。きっと向こうでの俺を見たらびっくりしますよ」
 その言葉に石橋がクックッと咽で笑う。
「悪ぃなあ、そんなとこに放り込んで」
「任務ですから。ま、あとはみなさんにかかってますんで」
 全員が頷く。
「こんなとこでいいですか?」
 成井が石橋を仰ぎ見る。石橋はデスクに乗せていた足をおろして椅子に座り直した。
「ああ、ひとまずそんなとこでいいな、あとは夕食後だ」
「あとで各自に説明することがありますんで、目だけ通しておいて下さい」
「分かった」
「はい」
「承知した」
「じゃ、メシだな。ジェリー、車」
「はい」

 

「貴明さん」
「説明済んだのか?」
「ええ。今シュウさんにパソコンの方お教えしましたんで、そちらやってもらってます」
 シュウが成井のデスクに座り、ジェリーと平山がそれを囲むように立って何事か話し合っていた。その様子を身体を伸ばして見、石橋は成井に向き直る。
「どうした」
「2、3時間、暇いただきたいんですけど、いいでしょうか」
「こんな時間にか?」
「こんな時間じゃないと、いないんですよ」
「いない?.......ああ」
 石橋は成井をみてにやりと笑う。
「ひろ美ちゃんとこかい」
「ええ」
「.......さすがのお前もちったあ情が出たか?」
「身体が寂しくなっただけですよ」
 いつも通りの表情で微笑む成井に、石橋は鼻で笑って手を振った。
「ああそうかい、じゃあすっきりしてきな」
「あいつが独り身だったらそうして来ますよ。あ、あと3人にアレ、言っといて下さい」
「.......ジェリーや平山はどう言うか分からんぞ」
「それでも俺が平和に潜り込むためですから」
「そうだな、ま、俺がやってもいいんだけどよ」
「あなたは本気でやりそうだからイヤです」
 石橋は笑う。
「ふっ、相変わらず正直だな、まあ言っておこう。さっさと行ってきな」
「じゃ、宜しくお願いします」
「分かった」
 石橋が立ち上がって3人の方に向かうのを見て、成井は部屋を出た。

 

 

 この街には珍しい、しかし少々古びた鉄筋コンクリートのマンションのある一室の前に成井は立った。ちゃんと記憶が覚えていた、2年ぶりの場所。窓から明かりが漏れているのを確認して、ドアをノックする。
「..........」
 応答がない。少し間を置いて再びノックすると、奥の方から声がした。
「はあい、ちょっと待ってー」
 ばたばたと足音が近付いて来て、ロックがはずされる。
「誰ー?」
 ドアが開く。と、声の主はドアの開いたそこに立っている人物を見て凍り付いた。
「久し振り」
「......一、浩.......」
「1人なんだろ?入れてくれよ」
「な......何勝手なこと言って......2年も連絡なしで何してたのよ!」
「香港とロス行ってこの間帰って来た。また貴明さんとこに世話になってる」
 さらっと言って強引にドアを開けて中に入る。成井は部屋の主に構わずに室内を見回した。
「全然変わってないなあ」
「........」
「お前も変わってないのか?それとも他に男でも出来た?」
「......何言ってるのよ......」
 部屋の主、ひろ美はぎゅっと自分の身体を抱きしめて俯く。
「何だお前、泣いてんのか」
「当たり前でしょ......心配、してたんだから.......」
 成井は微笑んで彼女に近付き、指で顎をあげさせると零れた涙を拭った。
「俺なんかを心配してくれるのか」
「.......っ......」
「......お前、いい女になったな、男出来たんだろ?」
「いないわよっ、そんなことしたらあんたがどう出るかくらいあたしだって分かってますっ」
「それはいい心がけだ。安心したよ」
 そう言って、彼女の腰を抱き寄せる。
「ちょっ.....一浩っ」
「やらして」
「.....!何言って.....っん」
 そのまま無理矢理唇を重ねる。抵抗しようと彼女は腕を突っぱねたがそれも叶わず、成井のシャツを握りしめた。キスを終えて息を荒くしている彼女を抱き上げてベッドに投げる。
「や.....ちょっと、一浩.....っあ....」
「我慢するなよ、これだけの身体ずっと持て余してたんだろ?」
「いや.....っ」
「俺もずっとやってないからさ、久し振りに楽しもうぜ」
「あ.....!」
 弱いところに触れられて、彼女の身体がびくりと震えた。耳許に唇を寄せて、成井は笑って囁く。
「愛してるよ」
 赤いマニキュアの塗られた指が、成井の肩をぎり、と掴んだ。

 

 

 

 数時間後。成井が事務所に戻ると、石橋が意地悪く笑いながら出迎えてくれた。その笑みに成井はため息をついて見る。
「......イヤな人ですねえ」
「ちゃんとすっきりしてきたか?」
「ええ」
「そりゃ良かった。これで仕事に打ち込めるな」
「別にやらなくても支障ありませんよ。それより、話してくれました?」
「みんな嫌そうな顔で待ってるぜ」
 奥へ入ると、まずジェリーが心底困った顔をして寄って来た。
「......成井さん、俺出来ませんよ」
「何言ってんの。組の為、貴明さんの為、それから俺の為だと思って」
「でも.......」
「手加減するなよ」
 言いながらシュウと平山を見る。
「まあ、恨むなよな」
「......気が進まないが、しょうがない」
「ほら、2人もああ言ってる」
「.......俺成井さんには世話になってるのに......」
「いいから。そのくらいしないと潜入出来ないんだから。それとも俺が失敗してもいい訳?」
「そ、そんな....」
「じゃあ殴れ。身体の痛みなんか全然辛くない。あんなとこに潜入することの方が辛い」
 離れたところで様子を見ていた石橋が口元だけで笑い、ゆっくりと近付いて来た。ジェリーを見下ろす。
「だそうだから。遠慮なくやんな」
「......すんません」
「いいってば。あ、右腕だけは残して下さいね?こっちはちょっと辛いんで」
「お前自分で関節くらい戻せんだろ?」
「出来ますけど、なかなか面倒ですから。ま、左くらいは貴明さんどうぞ」
「ああ」
 成井は3人に向き直った。
「さ、これから俺は敵ですから。ヤキ入れてやって下さい」
 シュウが一歩、前へ出る。
「二枚目が台無しになっちゃうからな、顔は手加減してやるよ」
「ありがとうございます」
 ヒュン、と拳が振り上げられる。受け身をしていない成井の身体は、床へ崩折れた。すぐに顔をあげて、成井はいつものようににこりと笑う。
「平山さん、どうぞ」
 平山は思わずその笑みにぞくりとした。が、それを顔に出さずに、徐に前へ出ると成井の身体を引き上げる。
「......悪いな」

 

 

 石橋の車を見送って、成井はその場に腰を下ろした。
「......やっぱあの人、容赦ないよ」
 上等のスーツが汚れるのも気にせずに電柱に寄り掛かる。
「さて、ちょっと頑張ってみますか」
 ふっと息をついて笑い、ジャケットのポケットから携帯電話を取り出して木梨に通じるダイヤルをゆっくりと押した。


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