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「ああ憲武さん、お呼び立てしてすみませんです」
「何かあったかい?半田ちゃんが呼んでるっつーから急いで来たよ」
「ええまあ、そんなたいしたことじゃないのかもしれませんが......」
 パソコンのキーボードをひたすら叩いていた半田は、木梨が入って来たのを見てその手を一旦止めて、別の画面をディスプレイに映し出す。脇に立ってひょいとそれを覗き込んだ木梨は一瞬表情を固くした。
「僕の腕ではそんなに信用出来ないかもしれませんけど、なんとか探ってみた結果、こうなんですけども」
「..........んー、急に立て直してきてるねえ、あっち」
「そうなんですよ。あと凄い下の方から拾って来たんでガゼかもしれないんですが、どうやら向こうがこっちの傘下の取り込み始めてるとか。石原さんの動きとかちょっと怪しいんですよねえ」
「ふーん........」
「成井の動きも見てますけど、特に問題はないんですがね」
 ゆっくりと画面をスクロールさせながら言う半田に、木梨は意外そうな顔をする。
「なんだ、まだ疑ってたの」
「いやまあ、念には念を、と思いましてね」
「それは先輩の同業者としてのプライドかい?」
「..........それもないことはないですけど、それより憲武さんのために、ですよ」
 からかいの含まれた問いに、いえ、と真顔で半田は返した。木梨は少し笑って半田の背中を軽く叩く。
「いや悪い悪い、ついね」
「別にいいですよ。でも、憲武さんがおっしゃることも一理あるんですけどね。やっぱり叶わないところありますから。この世界、実績が物を言いますし。そういう意味では成井は一流ですから、時間だけではどうにもならないものもありますよ」
「でも長年やんないと身につかない勘もあるだろ?」
「あてにならないかもしれませんが、一応働かせてはいます」
 その言葉に木梨はばしんと先程より強く背中を叩いた。
「成井を信じない訳じゃないけど、半田ちゃんを信じてるよ」
 いてて、と顔をしかめながら半田は背中をさする。いつも通りのその仕種に反論しようと見上げると木梨は珍しく真剣な顔をしてディスプレイを見つめていて、半田は言葉を発するのを躊躇った。
「ほんと、半田ちゃんには感謝してるよ。古いつきあいのよしみとはいえ、こんな俺についてきてくれて」
「........どう、したんですか、憲武さん」
「たまにはちゃんと礼が言いたくなっただけのことよ」
「.............」
「まだ最初の頃はまともに使えるのもいなかっただろ、そん中でホッシーと半田ちゃんはよく動いてくれたよ、特に半田ちゃんはほんとはこんな世界にどっぷりはまるような人間じゃなかったはずなのに」
「でも、もともとはこっち寄りみたいなもんですから」
「ホッシーが前線に出てる中、慣れないことやってくれたよなあ」
「ええまあ........最初の頃は、大変でしたね.......」
 懐かしげに木梨に誘われてここへ来た頃のことを思い出しながら、半田はふと、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「憲武さん」
「うん?」
「..........いろいろ調べてく上でちょっと出て来ちゃったんですけど、怒んないで下さいね」
「何」
「失礼は承知で言いますけど」
 ピ、とそのディスプレイの処理をして一旦作業を終えると、パソコンから目を離して木梨を見上げる。
「大原の家が多数の不渡り出して父親が逃げたのが7年程前でしたっけ」
「ああ」
「憲武さんと大原ん家って昔から家同士のつきあいがあったって聞いてますけど、ほんとは違いますよね」
「............」
「奈美恵さんと.....大原の母親と出会ったのは........そうちょうど、22年前」
 木梨は何も言わずに半田を見返した。
「責めたりするつもりないんですけど、あの時、大原の家があんなことになった時、ようやくあなたの罪を償う時がやってきた、と、僕は思ったりしたんですけど。.......偶然、と言ったら何かもしれませんがあんな事件が起きて」
「.........あら、バレちゃったか」
「僕も一応この世界では長くいますからねえ」
「誰も知らなかったんだけどなあ」
 木梨は自嘲気味にそう呟いて笑う。
「ずっと気になっていたんですよ、憲武さんみたいな方がどうしてそんな家の繋がりだけであいつを側においているのか。あいつにお礼奉公してもらうつもりで呼んだんじゃなくて、ほんとはあなたが罪を償いたいためにおいているんですね」
「.........俺はみんなが思ってる程いい人間じゃない。ホッシーを縛り付けて、大原を縛り付けて、自分を懺悔したいがために、気持ちが別の方向に行かないようにするためだけに今こうしているんだよ」
 ドアの向こうで高久と神波が帰って来たのだろうか、出迎える大原の声が微かに聞こえた。
「そして、現に今は俺と貴明の個人的都合にみんなを巻き込んでる。貴明はまあ、あんな人間だが俺も同じようなもんさ。いっそのこと貴明みたくなれたらどんなに楽かと思うよ」
「..........」
「みんなにゃ俺の手になり足になって動いてもらっちゃいるが、本当はまっ先に前線に出てかないといけないのは俺さ」
「.........そんなことないですよ」
「俺はみんなに甘えてる。守られて生きてる。どんなに酷い裁きを受けても俺は文句を言えないくらいなのに、生きて行くことでしか俺は罪を償えないからな」
「..........」
「一生、死に至る病と戦ってかなきゃいけないんだ」
「その病に立ち向かえるよう、少しでも手助けしてくのが僕の役目ですよ」
 苦しげな木梨に、半田はそう返す。その言葉に木梨は少しだけ微笑んだ。
「...........半田ちゃんがいてくれて、よかったよ」
「そんな、僕の方こそですよ。鳴かず飛ばずだった僕に声をかけて下さって、少しでもお役に立てて、感謝してます」
「また迷惑かけんね」
「あなたの運命がそう決まっているなら、僕の運命もあなたと共にするまでですから」
 木梨は項垂れて感情を隠すように、軽く半田の頭を小突く。少しの沈黙が続いたあと、ドアに人が近付く気配がして木梨はさっと気持ちと表情を切り替えた。
「............半田ちゃんしか知らないんだからな、それ。言うなよ」
「僕が分かってるってことは、成井でも知ってますよ、きっと」
「成井、か........」
「.......どうします?」
「ちょうどみんな揃ったみたいだし、とりあえずそれはおいといて話しよっか」
 ドアへ向かおうとしたところで、外側からノックの音がする。
「すんませーん、憲武さん半田さんいいですかー?」
「あいあい、今出るよー」
 まるでいつも通りの木梨の声。出迎える大原と木梨の後ろ姿を少しの間見つめて、半田は席を立って木梨に続いて部屋を出た。

 

「やっぱりか」
 高久と神波の報告を受けて、木梨は黙り込む。
「やっぱりって、その徴候でもあったんすか」
「うんまあね」
 高久の言葉に、木梨は半田をちらりと見て続けた。
「徐々にあっちは修正されてるみたいだな。こればっかりはしょうがない、あっちは成井が抜けても精鋭揃いだし、まね出来ないことだがそっちに関しちゃ貴明は一流だからな」
「じゃあ成井さんに力になってもらえますねえ」
「......そうだな」
 大原の声に軽く返す。
「そうなると、そろそろ向こうも本気で仕掛けてくるってことですね」
「ああ」
 星野にそう答えて、木梨は全員をゆっくりと見回した。
「気合い入れて頼むよ。情報は半田ちゃんと.......成井からしっかり仕入れて各自動くように」
「はい」
「神波」
「は、はいっ」
 突然名前を呼ばれて神波は姿勢を正す。
「つかの間の休息で悪かったがお前の働きも期待してるからね、しっかり頼むな」
「.......はい!」
 いつも通りの強い声で返事をする。さすがの高久も茶化すことなくぎゅっと拳を握りしめた。
「成井、呼んだ方がいいんじゃないですか」
 星野の言葉に、木梨と半田は二人にしか気付かないようにお互いを見る。半田が先に口を開いた。
「じゃ、僕ちょっと電話してきますよ」
「頼むよ」
 半田が席を立って電話へと向かう。
「ホッシー」
「はい」
「さっきちょうどそんな話半田ちゃんとしてた所だから。成井が来るまでにちょっとまとめちゃおうや」
「分かりました」
 大原が唇を結んで、身を乗り出す。神波が緊張を隠すように何度か瞬きする。星野が吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、また新しい煙草に自分で火をつける。高久は大原と神波をちらりと見てから拳をまた握り直す。

 

 大きな波がやってこようとしていた。 

 


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