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 閉められた薄手のカーテンの隙間からはこの季節特有の緩い陽射しが差し込んでいた。
「京子、みんな後からちゃんと来るわよね」
「うん、きちんとバラバラに来るように言っといたわ」
「ありがと」
 ひろ美の隣に座った京子は煙草の火をひろ美のそれから受け継ぎ、時間をかけて吸って煙をゆっくりと吐き出す。二人の女が優雅に寛ぐ姿を、5人の男達は頼もしげに見た。
 あえて平和条約を破って情報を仕入れ、こちらに流す女達。成井がいくら闇に通ずるとは言っても、どうしても女同士の間には入り込めないところもあった。彼女達は表では平穏を装って、自分達の元締をたて、相手や自分達の身を案ずる振りをして情報を交換する。過去に似たようなことがあってその時は条約を破った側は相当虐げられたらしいという話を聞いてからは、双方が嫌な思いをしないよう二度と同じことをしないように誓い合った。お互い組に守られ、そして組を影から支える存在。存在の重要さを分かっているからこその誓いであり、本当だったら男達のように対抗しあうはずの間柄を同じ存在だからという理由だけで平和に保っていた。はずだった。
 しかし彼女達はある時からゆっくりとその誓いを解きはじめた。
『SECRET VOYAGE』の女達は、全員が過去に何かどうかあって最後に辿り着いたのがこの街であったという。誓いなど、言葉など不確かなものだということを必要以上に知っていた。最後に信じれるものは自分しかいないということを知っている女達。自分の為には全てを利用し、生き抜く強さを持っている女達。そんな彼女達はいつまでもぬるま湯につかったままでいる木梨側の人間に苛ついた。先を考えずに1日の享楽だけを追い求めて楽に生きている女達に苛ついた。無論向こう側だって毎日を必死に生きてはいるだろう。しかしその比はこちら側とは比べ物にならなかった。生命力が、生命欲が強いのはこちらだった。自分の信ずるものだけを見つめて歩く。ひいてはそれが多様な形で他人に疎まれてきた自分を自分で愛することとなった。..........自分を信じないものが人に信じられるはずもなく、愛されるはずもない。女同士の友情にありがちの妬みや嫉みを利用することで、彼女達は強くなる。自らを養って行く。
 美しく、強く、そしてともすれば儚いかもしれない女達。
 追い求める理想郷。生きる強さ。その気持ちが向こうに勝っていた。
 そして、残酷な分彼女達は美しかった。
「でさ、ちょっと谷間見せてやったらもうそれだけでダメになってんのよ」
「だらしないのが入ったもんねえ」
「そんなんで騒いでるあいつらもむかつくのよ、あんな男が自分の為になるとでも本気で思ってんのかしら」
 さざめき合う二人に、石橋がボトルとグラスを持って近付く。
「相変わらず辛辣なんだな、それでも美人二人が言ってるから絵になるぜ」
「あら貴明さん珍しいわね誉めて下さるなんて」
「長らくお前ら二人のそういうとこ見てなかったからな、久し振りで面白れぇよ」
 そう言いながら京子を制してグラスを満たす。くすりと笑って女達はそれを受け取った。
「こんなことでもしないと美人て言ってもらえないなんて寂しいわねー」
「俺がそう簡単にそんなこと言う男だと思ってんのか?」
「いーえ、そんな人だなんてこれっぽっちも思ってませんわよ」
 ひろ美はグラスをあげて礼に変え、くいとそれを飲み干す。いつも通りの物言いに京子はシュウと顔を見合わせて苦笑しつつもゆっくりとグラスをあげた。成井は薄く笑ってその様子を見、書類を抱えて脇の机によりかかりながらひろ美を冗談混じりに窘める。
「お前俺の立場を危うくするようなこと言うなよな」
「あら一浩、こんなことくらいで危うくなるような器じゃまだまだね。それにあたしをこんな風にしたの誰だと思ってるの?」
 そう言いながら笑って、長い指で新しい煙草をとると指先でくるんと回した。成井は目を細めて微笑みながらひろ美を見下ろす。
「人のせいにしてんじゃねえよ。後で泣かせてやっからな」
「お好きにどうぞー」
 久しく聞くことのなかった二人のやりとりにジェリーが声を出して笑う。側にいた平山もさすがに鼻で笑った。
「何芝居ごっこしてんだ二人で」
 長い付き合いとはいえその遠慮のない物言いにも石橋はさして気にも留めずに間に加わる。ひろ美は成井をちらと見てから石橋を窺うように上目遣いに見上げた。
「御無礼に感じましたら、この間のお礼に変えさせていただければ」
「ふっ、じゃあそうしておいてやるよ」
 不機嫌を装って、でも楽しそうに石橋は承諾して深くソファに体を沈める。話題が一段落したところで京子はシュウを振り向いた。
「まだ始めなくていいの?シークレットも多少あるのよ、あのコ達来ないうちに」
「........だ、そうですが、石橋さん」
 京子に軽く頷いてみせてから、シュウは石橋に向き直る。
「そうだな、じゃあ始めちまうか。成井、例の」
「はい」
 成井が地図といくつかの書類をテーブルに広げる。シュウは京子の隣から、平山はひろ美の向かい側のソファに、ジェリーはその隣へ、成井は石橋の横に控えつつひろ美の座るソファのひじ掛けに軽く身体を預けてそれと石橋を見た。
「成井の仕事とひろ美ちゃん達のお陰もあってようやくどうにかなりそうだぜ。もう機は熟した」
 普段通りの石橋の鋭い声。先程までの部屋の空気がさっと変わる。
「........っつっても遅すぎたくらいだがな。もう次はない。芝居ももう飽きた。一度で確実に全部もぎ取る」
 目線だけで全員の意志を確認し、石橋は再びテーブルに視線を落とした。

 

 

 

 暫くして一葉達がやって来て、彼女達の仕入れた情報をこちらに照らし合わせての最終確認が始まった。水面下で進んでいる木梨側の傘下の関連や、領域の取り込み。同時に成井が木梨側に流したこちらの偽りの情報がゆっくりと修正されて行く。しかしそれでもまだ木梨が真実に気付くには時間がかかるだろう。
「平山、石田達でどのくらい持ってこれた」
「高塚は芋川さんに任せておいたので問題ありません。本山はこちらに吸収済みです。あと、石原は、先程彼女達が言った通りで」
 店で見せる顔とは全く違う、真剣な面持ちでテーブルと平山達を取り囲む女達の中の、百恵と幸子をちらりと見る。二人は軽く頷いた。
「そうか、分かった。お前等も御苦労だったな、礼は後で京子ちゃんに渡しておくから、今日はもういいぜ」
 幾分穏やかな顔つきで石橋はそう言って彼女達を労う。その声に彼女達は頭を下げ、いつもの顔つきに戻った。店にいる時程ではないが軽く御贔屓の組員とじゃれついて、京子達と話をしてからドアへ向かう。
「急ぎで欲しいコは明日の昼にでも取りに来て。あたしいるから」
 京子の声を受けてから、彼女達はゆっくりと出ていった。ぱたんとドアが閉まったのを見届けて、京子は向き直る。
「あたしまだここにいてもいいのかしら」
「あら、別にいいんじゃないの、京子なら。ねえ」
 少し遠慮がちに切り出した京子の言葉にひろ美はそう返して成井を見た。
「別に問題ないですよね、貴明さん。口出す訳じゃないですし」
 ひじ掛けに腰掛けたままで成井は彼女に頷いてから石橋に同意を求める。石橋はからんとグラスの氷を鳴らしながら組んでいた足を下ろした。
「......今さら言うことでもないが、何が起こるとしても秘密にしてくれるならな」
「当然ですわ、ありがとうございます」
「じゃ、許可が出たことだし、あたしらは静観してましょ」
「そうね」
 二人は立ち上がって平山、ジェリーに席を譲る。側の棚からひろ美がボトルを1本拝借して仮眠室へ入って行ったのを見て、成井が立ち上がって口を開いた。
「さて、じゃ本題に入りますか」
 瞬間、ぴんと張り詰める空気。
「時期は確定してませんけど.......そうですね、俺が向こうにバレるか、詐取が終了した時点で動くことにしましょうか」
「ああ、それで構わん」
「俺が先陣切りましょう。未だに裏では探っているようですし、何かと面倒なんで、まずは半田から」
「成井まだ疑われてるんだ?」
「ええ、まああの方も俺程ではないにしてもかなりレベルの高い所にいた方ですし、同じ職業の者としてはいろいろあるんでしょう」
 シュウの問いにさらりと返す。
「平山さん、お相手分かります?」
「星野だろ」
「前線はお久し振りですよね」
「特に問題はないよ。これでも一応毎日鍛えてるつもりだから」
「じゃあ、宜しくお願いします。お任せしますよ」
 成井の窺うような笑みに、平山は抑揚のない声で答えた。石橋が目だけ動かして平山を見る。
「それから、ジェリーとシュウさんで、高久、大原、神波。特に高久は大抵星野にくっついてるんで、出来たら先にやってもらえると平山さんが楽だから」
「分っかりました」
「シュウさんのような方にこんな下っ端は相手不十分かもしれませんけど、貴明さんの護衛と一緒にジェリーのサポートしてやって下さい」
「.......俺はわざわざ出かけてってやるのはほんとは面倒だからそのくらいで十分だよ」
「あと、姫野さんとこに注文の方お願いします」
「分かった。この後連絡しておくよ」
 淡々と指示をして、成井は石橋の方を向いた。
「これでとりあえずいいですか?」
「ああ。あとは個人の動きに任せる」
「傘下の方は芋川さんに一任してますんで、修正がある程度終了次第動いてもらえるでしょう」
 成井はにこりと笑ってテーブルの上の地図と書類を軽くまとめながら3人の顔を見回す。
「何か質問とかありますか?」
「あ、じゃあ成井さん、もうちょっと細かいとこいいですか?」
「おっけ、ジェリーにはもう失敗されちゃ困るからね、ちゃんと把握しておいてもらわないと」
「......はーい、分かってますよう」
 ジェリーが苦笑しながらそう答えると、成井は3人の向かいに腰を下ろして石橋に断ってから煙草に火をつけた。

 石橋がちょうど仮眠室から出て来たひろ美に目だけで合図する。軽く彼女は頷いてドアの脇の明かりのスイッチを入れると、また姿を消した。


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