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8

 

「だーかーらー、もういいじゃんかよー」
 買い出しの帰り道、しつこく冷やかす大原を照れながらどついた。
「お前みきちゃんにもそういう顔すんだからさ、彼女困ってたじゃん」
「照れない照れない」
「これが照れないわけねーだろ」
 ぶつぶつ言う神波に、大原は楽しそうに笑う。
「なーんか初々しくてさー、笑っちゃうよ」
「......ちくしょう」
「でも良かったねー、ほんとに」
「うん」
「みんなで心配してたんだよ」
「どーせからかいたかっただけだろ」
「そんなことないって」
 大原はビニール袋を持ち直して言った。
「高久さんなんかめっちゃ気にしてたよ」
「........あの人、俺をエサに楽しくなりたいだけじゃないの?」
「神波がここにいるの、自分のせいだって思ってるみたい」
 その言葉に神波は驚く。
「マジ?」
「うん、そう言ってたよ。あ、やべ、言っちゃった。まあいいや、口止めされてた訳じゃないし」
「..........」
「なんていうのかな、神波だけうちん中でほんとにカタギの世界知ってるじゃん?だからさ、あんまそういうとこ知ってほしくないとかって」
「別に、高久さんのせいじゃないのになあ、俺がもともといけないんだし」
「だから、みんな内心では心配してんだよ」
 大原がそう言うと、神波は少し笑って、すぐに真面目な顔に戻った。
「確かに俺慣れてないよ。ほんとは俺ここにいる人間じゃないのかも、とかも時々思う。普通の生活にも憧れる。でも、運命がこうしちゃったんだから。それに、ここに来ないとみきちゃんに会ってないしさ」
「うん」
「あのコってほんと、普通のコだから。もしかしたら俺が普通に生活しててあのコに会ったとして、同じように接すること出来るかっていうと分からないし。今ここでこうしてるからああしていられるのかもしれないしさ。......いや、きっとそうかも」
「そっか」
「俺今まで損得ない感情で人に触れたことってないからね」
「族ん時とか女とつきあったりとかなかったの?」
 神波ははは、と笑う。
「ないない、俺なんかを好きになるようなのもいなかったし、俺もやっぱいまいちそういう女はちょっとね。ギラギラしてたからさ」
「そうかあ。でさ、好きって言ったの?」
「ええっ!?」
「ええ、じゃないよ、好きなんでしょ、お互い」
「.......いや、そうだけど.......」
「もしかしてみきちゃんも言ってないとか?」
「.......うん」
 あーあ、と大原はそっぽを向いた。
「なーんだ、結局進展ないんだ、つまんないなあ」
「........やっぱ楽しんでんじゃんよ、特にお前」
「あ、バレた?」
 殴るフリをする神波から大原は笑いながら逃げる。やがて事務所が近付いてところで大原はふとしゃがんで神波を見上げた。
「あ、紐ほどけちった、先行ってて。ほい、カギ」
「おお」
 投げられたそれを受け取ってくるくる回しながら歩く。ドアに近付いたところで中から人の声がするのに気付いて神波はカギを差そうとする手を止めた。
「あれ、誰か帰ってんのかな」
 ポケットに鍵をしまう。ドアに手をかけようとして、神波は中からの声に固まった。
「.........ちょっと、ダメよこんなとこで」
「いいだろ別に。やりたくて来たんじゃないのかよ」
「もう、人来ても知らないわよ.......?」
「そのくらいの方がスリルあっていいだろ」
 くすくすと笑う女と、成井の声。いろいろな想像が頭を巡って身動き出来ずに固まっていると、後ろから大原が声をかけた。
「何やってんの、カギ開けたんでしょ?」
「わ、ちょ、大原........」
 神波に構わず大原がドアを開ける。
 部屋の中央のソファでは成井が女とキスをしている最中で、成井のシャツは既にはだけ女のスカートが太股までまくられて手が差し込まれているところだった。神波は大声を上げて持っていた荷物をどさどさと落とす。
「わああああ!!」
 その声に、抱き合っていた二人が今さらのように神波と大原に気付く。
「あら」
「お、買い出し?お疲れさま」
「成井さん、来てたんですか」
「うんちょっと用あってね」
 淡々と話す大原を、ぺたんと床に座り込んだ神波は見上げた。
「........お、大原.....何冷静に返して......」
「神波こそ何腰抜かしてんの」
「これが抜かさずにいられるお前がおかしいよ......」
 女がゆっくりと立ち上がって近付いて来る。
「ごめんなさいね、驚かせちゃった?」
「あ、いえ、あの......」
 神波は口をぱくぱくさせながら女を見上げた。緩く微笑んで散らばった荷物を女が拾う。屈んだ際の見せつけられるような胸の谷間に神波はドキリとして後ずさった。
「成井さーん、こんなとこでいちゃつかないで下さいよう」
「はは、誰も来ないかなとか思ったから、つい」
 大原が神波を引き起こしながらも楽しそうに笑って言う。成井は女の腰に手を回して抱き寄せると二人を交互に見た。
「これ、俺の女。ひろ美」
「これって物みたいに言わないでよ。初めまして、あなた、和恵ちゃんの彼氏でしょ」
 成井の言い種に口を尖らせながら大原を見つめる。大原は姿勢を正した。
「あ、ども、大原です。いつも和恵が世話になって」
「いえいえ、そんなことないわよ。.......それから、君が敬子ちゃん達が騒いでた新入りくんね、はい」
 笑って、神波に荷物を渡す。
「あ.......あの......か、神波、です......」
 しどろもどろに言葉を発する神波を、ひろ美は楽しそうに見た。
「ふふ、かわいいのねー。まだ女を知らないのかしら?」
「ひろ美、神波からかうなよ。こいつ女に慣れてないんだから」
「あらごめんなさぁい」
「慣れててもアレはびびるっすよ、成井さん」
 神波は3人に囲まれて赤くなったまま縮こまる。
「一応紹介しとこうと思ったんだけど、高久さん達まだ来ないのな」
「そうっすねえ、もう帰って来てもいいと思うんですけど」
 成井はちらりと時計を見てひろ美を促した。
「ま、いっか、また今度で。そろそろ行こうぜ」
「はあい」
「どこかお出かけですか?」
「うん、久し振りに休みだから。あと宜しくね」
「はいはい、お気をつけて」
「じゃあね神波、ごめんな驚かせて」
 成井はまだ赤いままの神波を見て申し訳なさそうに笑う。
「い、いえ......」
「あ、ひろ美、ちょい机の上のやつ持って来て」
「うん」
 ひろ美が小走りにアタッシュケースを取りに行く。ドアの前で神波に向き直った。
「ごめんね神波クン、またね」
「は、ど、どうも」
 寄り添って歩いてゆく二人を見送って、大原はドアを閉める。
「すっごいねー、超ラブラブじゃん」
「...........あー、やっとちょっと落ち着いたあ」
「だいじょぶ?神波」
「だいじょぶってお前、よくお前平気だな」
 平然と言う大原に神波は胸を押さえて深呼吸しながら言った。
「いや、ちょっとびっくりしたけど俺和恵いるし」
「はー........俺今日眠れねえよ」
「あはは、確かにアレは強烈だね、俺ら来なかったらあそこでやってたんじゃないの」
「な、何言ってんだよ大原!」
 また荷物を落としそうになって神波は慌てる。大原は自分の持っていた荷物を次々としまいながら笑った。
「だってそのくらいの勢いだったじゃん。凄いねー、俺あんな嬉しそうな成井さん初めて見たよ」
「........うん、それは、そうだね......」
「ひろ美さんもスラッとしててカッコイイしさあ。やっぱイイ男にはそれなりの女がつくもんなんだなー」
 神波は先程の光景を思い出しているのか言葉少なだ。悶々としている神波をちらりと見て、大原は歌うようにからかった。
「人の女で性欲処理しちゃいけませんよー」
「ば、馬鹿!」
 ふふんと笑って大原が洗面所へ入って行く。どうせこの出来事さえも高久達に告げられるだろうことを予測しながら、神波は気持ちを落ち着けるようにソファに勢いよく座った。

 

 

 バーの黒人に挨拶してから、成井はひろ美を振り返った。
「お前、随分演技派になったもんだな」
「上手かったでしょう?」
「誰のお陰?」
「一浩に決まってるじゃない」
「当然」
 階段を昇りながら言う。
「今日、他のメンツは来れんのか」
「京子はすぐ来るって言ってたわよ。あとのコ達には一応、2時間後に来るようにって伝えといたわ」
「分かった」
 キイ、とドアを開ける。ジェリーが最初に気付いて声をかけた。
「こんちはひろ美さん、御苦労さまっす」
「ハロー」
 笑って肩を叩いて、奥にいる石橋に微笑む。
「この間はどーも」
「こちらこそ」
「今向こうの新入りに会って来ましたよ、確かにかわいいけどあんなん取り合って揉めてるようじゃあダメよね」
「そんな状況なんかい、あっちは」
「ええ、いい気なもんですよ」
 ソファに腰を下ろすと、くすりと笑って煙草に火をつける。ふっと煙を吐き出して口元だけで微笑んだ。
「舞がまとめてるように見えるけどね、ああいうのが実は結構脆いのよ」
 そう言って、成井を見上げる。やがてノックの音がして京子が入って来て、シュウと言葉をかわしてからひろ美と手を重ねて笑いあった。


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