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この街には十数件のクラブが存在するが、その中で郡を抜いているのが石橋組の『SECRET VOYAGE』と木梨組の『ripple
ring』だ。特に『SECRET
VOYAGE』は規模も大きく、ホステスの数も多い。成井の女、ひろ美を筆頭に10人程の一流のホステスが揃っている。石橋、木梨間のホステスの関係は、両総元締の関係とは違って表面的には穏やかだった。ホステス間の情報交換も頻繁だが、ただそれを外部に漏らすことだけはタブーとなっている。
久し振りに石橋組の面々は『SECRET
VOYAGE』へ出向いた。享楽目的もあるが、それだけではない。ホステスからの情報を仕入れるためだ。........石橋組はホステスも共同で動いている。それを木梨側は全く知らない。
「あら、平山さん」
「やあ」
『SECRET
VOYAGE』のママ、京子が平山の姿を認めて声をかけると、店の中の空気がさあっと変わった。入り口付近のテーブルにいた傘下の組の人間がざっと立ち上がって挨拶し、奥のテーブル席にホステスが飛んで行く。軽く平山が目で挨拶をすると、少しだけ空気が緩んだ。石橋組の面々はゆっくりと奥へ入って腰を下ろす。
「よお、京子」
「シュウ!会いたかったわあ」
「ごめんな、ちょっと忙しくてさ」
ジェリーと平山がホステスに囲まれるのを見ながらシュウは恋人である京子に笑いかけてカウンター席に座った。
「いつものね」
「はいはい」
京子が手早くストレートを作ってシュウに差し出す姿を他のテーブルの接客を終えたひろ美が楽しそうに見る。
「嬉しそうねえ」
「当たり前じゃないの、久し振りなのよお」
「はいはい」
「そう言えばシュウ、成井くん帰って来てるんでしょ、顔出さないの?」
「ああ、後で来るようなこと言ってたような気するけど」
「ますますいい男になったでしょうねえ、久し振りに会いたいわ。あ、心配しないでね、あたしはシュウしか見えて無いから」
「分かってるよ」
「成井くんひろ美んとこにいるんでしょ?」
京子にそう言われて、ひろ美は笑ってカウンターに腰掛けると煙草を取り出しながら京子に言った。
「うん、でもあの人木梨のとこに今潜入してるから滅多に来ないわよ。あ、あたしにもちょうだい、自分でやるから」
「はあい」
京子は御機嫌でひろ美にグラスを差し出した。バーボンを注いでそれをひとくち飲んだところで、奥からホステスの一人、幸子がやってくる。
「京子さん、ボトル1本お願いしますう」
「はいはい」
「幸子、今日はどっちなの?」
「今日は百恵さん」
「元気ねえ平山さん」
「いつも思うけど、よく喧嘩しないのな、幸子ちゃんと百恵ちゃん」
シュウがそう言うと、幸子はくすくすと笑った。
「だって平山さんどっちにもなびかないんですもん、だから百恵さんと二人で決めたの。二人分愛情注いでもらおうって」
「へえ」
「よくやるわねー、あたしだったらそんなこと出来ないわ」
「俺には京子しかいないよ」
「あらやだシュウったら」
ひろ美は京子とシュウを呆れたように見る。
「あーあーもう、いつもながらラブラブなんだからあ」
「なんとでも言ってちょうだい」
頬に添えられたシュウの手をとってキスしながら京子は幸せそうに微笑む。幸子がテーブルへ向かうのを見て、ひろ美は誰に言うでもなしに呟いた。
「貴明さんこないだいらしたものねえ、また暫く来ないわね。智子ちゃんがっかりねえ。一葉さんはジェリーと楽しそうだし、あんたはあんたでラブラブだし。やれやれだわ」
「成井くん来るといいわね」
「んー、でもこっち滅多に来ないからなあ、まあいいけど」
「......ほんと感心するわよ、2年もちゃんと待ってるなんてさ」
「まあね、自分でもそう思うわ」
京子の言葉に苦笑して、グラスを一気に空ける。
「それでも自分でそういう人を選んじゃったんだし、しょうがないのよ」
「でも成井くんだってあんたしかいないんでしょ?」
「どうだか」
「ちょっとちょっと」
「そういう人だから。あたしは尽くすしかないのよ、あの人に」
「健気だねえひろ美ちゃん」
「一浩しかいないですから、あたしには」
またグラスに酒をつぎ足して、ひろ美はシュウにそう言って微笑んだ。
「ひろ美!ちょっと!」
テーブルでひろ美がジェリーや平山と話をしていると、京子が急ぎ足でやって来た。興奮したような口調に訝しげに京子を見る。
「どうしたの?」
「成井くん来たわよ、今シュウと話してる」
「え、嘘」
「嘘言う訳ないでしょ、またちょっと焼けていい男になったわねえ」
その言葉にひろ美は冷やかすように笑うジェリーを軽くあしらって席を立った。
「なんか用あるみたいよ、あんたに」
店に滅多に来ない成井がやって来たことでひろ美ははやる鼓動を押さえながらカウンターへと向かう。そこには確かに成井が座っていた。ひろ美の姿を認めて緩く笑う。
「よお」
「.....珍しいのね、こっちに来るなんて」
「ちょっと向こうが一区切りついたもんでね、一応信用も得たし」
「そう」
「.....京ちゃん、ちょっと借りていいかな、ひろ美」
「え?」
「あらいいわよ、人いるから。それに成井くんが用あるならあたしは断れないわあ」
「ありがとう」
成井は京子に微笑むと、ひろ美を目で促した。
「ちょっと、外」
「.....はい」
先に立って外へ行く成井の後をひろ美は追う。
「どうしたの?」
「車で貴明さんが待ってるから」
「え.....?」
「貴明さんが、聞きたいことがあるって」
「あたしに?」
「お前会うの久し振りだろ、直接聞きたいことがあるんだってさ」
「........」
薄く微笑んで言う成井の顔を見ながら、ひろ美はその後を追って歩いた。店の裏の駐車場を通り越して行く成井に声をかける。
「車ここじゃないの?」
「ああ、ちょっと向こう」
脇の細い道を入った奥の倉庫の前にプレジデントが止まっていた。成井は運転席のドアを開けて入りながら助手席を指で差す。
「お前そっち」
「あ、うん」
中に入ると、運転席の後ろに石橋が座っていた。
「よお、ひろ美ちゃん久し振りだな」
「あ.....貴明さん、お久し振りです.....」
「悪いな仕事中に呼び立てて」
がちんとロックの下がる音がし、ひろ美は硝子に貼られた黒いフィルムと車内の闇に急に不安になりながらも若い頃からのつきあいであるこの暗黒街の総元締に毅然とした口調で切り出した。
「いえ、いいですけど.....それで、あたしに聞きたいことって....?」
「ああ」
石橋がちら、と成井を見る。と、いきなり成井はひろ美に覆いかぶさってレバーを引き、座席を倒す。手首を押さえ付けられて彼女は抵抗した。
「ちょっ、一浩、何......っ」
強引に唇を重ねて、ジャケットの前を開ける。
「んっ、一.....」
なんとか彼女はキスから抜け出した。が、成井の手が衣服の中に入って来てびくりと身体を震わせる。
「やだっ、一浩やめてよっ」
「うるせーな、静かにしてろよ」
「こんなところで......っあ......」
胸先で指が動いて彼女は声を上げてしまう。成井は微笑んだまま、首筋を舌で辿る。
「やだ......っ」
片手でシートを掴んで、もう片方を成井の手にかける。が、わずかに抵抗を試みたところで愛撫されてぴくっとその手が跳ねた。顔を背けたところに自分を見つめる石橋が目に入って、かあっと顔を赤らめる。
「.....貴明さん、が.....見てるのに......っ.....」
必死で声を紡ぐと、成井は愛撫を続けながら笑って言った。
「......貴明さんの希望なんだよ」
「え......」
「貴明さんが御覧になりたいって」
「そ、んな......」
石橋は口元だけで笑う。
「たまには刺激が欲しくてな、俺も。こんなこた成井しか頼めないし。.......頼んでも成井しかこんなことしてくんねえだろうけどよ」
「あっ、あ........」
成井は愛撫もそこそこに、いきなり次へ進んだ。シートを掴んだ彼女の手に力が入る。
「!!」
「見られてるからってそんなに緊張すんなよ。いつもみたいに声あげてみな」
「......やだ......あ.....」
「貴明さんに聞いてもらえよ」
ぐい、と強く押し進まれて耐えられずに彼女が声をあげると、石橋は煙草の煙を吐き出しながらふっと笑った。
「いい声あげるようになったなあ」
「ん......ん.....っ」
「世話役や俺が抱いてやった時はまだ泣きわめいてたくせに」
「俺が上手いんですよ」
「言ってろ」
成井の言葉に石橋は唇を歪めつつも、涙を零して喘ぐ彼女を面白そうに見る。
「ひろ美ちゃん自身も大分成長したみたいだしな」
「......なんなら、具合確かめてみますか?」
その言葉に涙のたまった瞳で彼女は成井を凝視した。
「一、浩.....っ!」
「よく言うよ、そんな気ねえくせに」
「俺は構いませんよ?......なあ、お前だってやってもらいたいだろ?久し振りに」
「.......っん.....や.....」
「人の女やる趣味は俺にはないぜ?」
成井はくす、と笑って行為を続けながら言う。
「そんな人がこんな申し出しませんよ」
「ふん、お前が俺に見せたかっただけだろうが」
ぎゅっと煙草を灰皿に押し付け、石橋は彼女の涙を指で拭った。
「可哀想だなあひろ美ちゃんも、こんな男に捕まっちまって」
「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ、こいつが俺から離れないだけの話なんですから」
「それでも抵抗くらいすんだろ」
「そんなことこいつに出来ませんよ、なあ?」
「ああ.....っ」
ぎし、とシートが鳴る。残酷に笑いながら石橋は組んだ足を組み替えた。
「.......こんな男に惚れちまったひろ美ちゃんが悪いんかな」
「退屈じゃないですか、貴明さん?」
成井の楽しそうな声。
「ん、まあ、な......」
「よろしかったら貴明さんもどうぞ」
びくんと彼女の身体が震えた。
「悪い男だなあ、ほんとに」
「今さらそんなこと言わないで下さい。その言葉そっくりあなたに返しますよ」
「......確かに見てるだけじゃ退屈だな、これは」
喘ぎながらも涙目で彼女が石橋を見る。薄く笑って、石橋は彼女の顎をぐいと掴んだ。