SAMURAI(Ironhide)

 

 

  遠くの空が少し明るく光っている。どちらかの攻撃の名残だろうか。戦況は多少落ち着いたようだが、しかし当然
 終わったわけではない。メガトロンの反乱からまだ数十年、ひたすらこの繰り返しだ。
 
「失礼します」
 幸いまだ攻撃からは護られている、国家元首が座する部屋のドアを恭しく開けて俺は中へ入る。
 長き友であり、この星の希望であり、また俺にとってそれ以上の存在であるオプティマス・プライムは治療を終えた
 ラチェットに労わるように触れ、声を掛けてから俺に向き直った。
 「悪いな、疲れているところを呼びつけて」
 「いえ」
 ラチェットはちらりと俺を見、部屋から出てゆく。
 「現況報告を」
 「はい」
 俺はプライム
から数メートルの距離を置いた場所で、静かに状況を説明してゆく。
 老練の戦士であると自負してはいるものの、長いこと平和に満ちていたこの星では俺が表立って戦場に赴くことは
 久しくなかった。不幸にも再び矢面に立つことが多くなった俺、たくさんの仲間、部下、自分を信頼し崇めてくれる民衆
 が傷つき、恐怖し、また倒れ、そのスパークを失うかもしれない全てのあってはならない現実。
 その現実を全て受け止め、背負い、それでも尚前に進むプライムを護るのが俺の役目だった。時々無茶をして、それ
 がプライムを悩ませたり、その心を痛ませるようなことになろうとも、俺に出来るのはそれしかない。
 国家元首の護衛をするには俺は多少物騒なのかもしれないが、俺の思いはただひとつだった。
 彼を護る。彼が護りたいと願うものを護る。
 公私・心身全てを彼の為に捧ぐ。
 口さがないラチェットなどには『お前はオプティマスのためだけに存在しているわけではないのだよ』と言われるが、
 それでもいい。「プライムが」そう望むのであれば、そうすることでプライムが一歩、この闘争を終え、オールスパークを
 無事に護り、また平和なセイバートロンを再建する夢へ近づけるのであれば。
 もちろん俺だって元の平和な星を取り戻したいと思ってはいるし、今の状況を好ましくなぞ思ってはいない。だが、
 俺を突き動かすものはそれ以上のものだった。
 俺の行動は、俺が刃を向ける理由は、ただプライムの為だけだ。
 「…アイアンハイド。もう少し、近くへ」
 「は」
 「お前のそういうところは嫌いではないのだがな」
 仰々しい俺の報告を一通り聞いたプライムはそう言って笑い、近づいた俺を見上げるようにして側の椅子に腰掛けた。
 「いくら任務だからと言っていつまでもそのように堅苦しくしなくてもいいのだよ、私とお前の仲だ」
 「オプティマス、だが…」
 「それもだ」
 憂うようにアイセンサー付近に手をやり、首を振る。
 「プライムでいいと、言っているだろう」
 「…」
 「お前のことだ、規律がどうのこうのと持ち出すつもりなのだろう。これに関して誰かがお前に異を唱えることなどない
 だろうし、私はお前ならば何も気にはしない。幾年同じ時を過ごしてきたと思っている。私がどうなりお前がどうなろう
 とも、私たちの関係は何も変わらないのだから」
 俺は少し悩んで、それでも彼の側に控えるように膝をつき、言った。
 「…お前、が、そう呼んでほしいのならば、そうするが」
 「私は嬉しいのだよ。今やそう呼んでくれるのは、お前しかいないのだから」
 「それは…」
 自分とは別の長き友であり、信頼のおけるはずであった今の状況の元凶であるかの人を浮かべ、俺は黙り込む。
 その俺にプライムの手が伸びて来て頬に触れる。
 「…まあ、変わった関係もないわけではないのだがな」

 口唇部分を合わせようと近づくプライムのそれを、俺は彼を真っ直ぐに見つめたまま受け入れた。

 

 

 俺には戦闘    プライムを護るための行動こそが全ての喜びで、それはある種の快感で、同じ感覚の別物を求める
 ことなどなかったし、また存在することも知らなかった。そんな風に頑固でいわゆる「堅物」である俺は周囲から見れば
 必要以上に熱くて多少迷惑がるか、嗜虐心だか征服心だかをかきたてるものがあるらしい。それを最初に現してきた
 のはラチェットだった。医者としての興味と、また別の興味。年月と知識と経験では逆立ちしても勝てない俺が憎たらしい
 ことにヤツの手に堕ちてしまうのは当然だった。当然抗いはしたが俺は全体的に単純に出来ているらしく、回路に直接
 入ってこられると新しいものを結構簡単に受け入れてしまうらしい。しかも最初の相手があのラチェットでは、残念
 ながら俺がタイマン以外で勝てる確率はかなり少なかった。ラチェットももちろん弁えてはいて、戦況が戦況だし無闇
 やたらとそういった意味で接触してくるわけではないのだが、適当な理由をつけて思い出したようにやってくる。現在
 最も危険なのは戦闘で大きな怪我を負った時と定期診断だ。
 それ自体を好きなわけはない。が、嫌いというわけでもない。
 俺がまさか、そんなことを思うようになってしまった事実に時々恐ろしくなる。俺の中にそんなものがあったとは。
 戦闘以外に悦び、など、有り得ないと思っていた俺が。

 そういった行為を知らなかったわけではないが、まさか自分がそれを実際に受け入れるとは、思いもしなかった。

 

 「アイアンハイド」
 「は…」
 「もう、熱いな」
 「あ、ッ…!」

 プライムが意外と早く、俺の変化に気づいた。

 

 意外と、などと言ってはいけないのだろうが、プライムこそそういったことは知識としては知っていても、一切関心が
 ないだろうと俺は勝手に思っていたのだ。プライムは元首としてではなく友として穏やかに誘導尋問し、それを俺に
 明かさせ、やはり少し心を痛ませた後で、時を置いてラチェットとは違い柔らかく労わるように俺に接触してきた。
 俺は戸惑いつつも、それを受け入れた。
 自分としてももちろんだが、プライムにとってもすんなりと俺がそういったものを受け入れたことに関して、多少驚きが
 あったかもしれない。これには俺とプライムの長年の友情が影響しているのだろうと思う。
 俺達はプライムが元首の座に就くずっと前からの友だ。この関係が途切れることは未来永劫ないし、プライムは元首
 となった今でも変わらず昔のように接してくれる。それが俺には申し訳ないような気がしないでもなかったが、それは
 俺にとっては誇りでもあった。また、護らなければいけないものそのものでもあった。
 

 国家元首としての誇り。痛み。苦悩。重責。
 
『プライム』の名を冠している以上、辛いと言ったり弱みを吐き出すことなど到底出来ないだろうし、何かで気を紛らわせる
 ことさえ少ないだろう。苦楽を共にし、長く一緒にいた友人と言えるのは俺だけかもしれない。既に多くのそういった
 友人は星になったし、長い間信頼をおいて来た別の友とは袂を分かつこととなってしまった。
 俺が聞いてやれるならば。側にいることで役に立つならば。友として存在することが、安らぎになるのならば。
 そして俺が戦うことで彼のためになるのならば、俺は喜んでこの身を差し出そう。
 

 同じ仲間が反逆を起こした事実。
 
たくさんの大切な仲間を失った衝撃。
  プライムの心を痛ませる数々の傷。
 そしてそれにより蝕まれてゆくプライムの心。
  それら全ての過去を少しでも和らげるためなら、俺はただそれを悔いても仕方ない。どんな形でも彼に捧げ、彼の望む
 未来へと繋げるだけだ。

 

 しかし一時とは言えども戦闘を忘れそんなものに耽ってしまう浅はかさと、俺自身の気持ちと行為自体に湧くわずかな
 疑問と恐怖は未だになくならない。多分これがいちばんラチェットの関心所なのだろう。
 そういった行為を受け入れてから俺はやたらと敏感になってしまったらしく、それらしき空気をなんとなく察してしまう。
 分かっていても、プライムがそのような思いで俺に触れ、俺の中に入ってこようとすることに戸惑ってしまう。
 少し慣れてきて、自分が心の奥底でそれを求めてしまうことが信じられず、また「プライムが」求めてくるのも信じられず、
 なんとか俺が軽い拒否と共にそれを伝えるとプライムはこう言った。

 

 「私とて、聖人ではないのだよ」

 

 友の瞳がそう言って輝いた。そう言われてしまえば、俺は返す言葉を失ってしまう。
 だが。
 

 何物にも変えがたい大切な彼が言うならば、俺はその瞳のおもむくままに従うまでだ。
 たとえどんなことであろうとも。

 

 

 「…ッ、く…」
 「強すぎるか…?」
 「…平気、だ…」
 プライムはやんわりと俺の中に潜む感情をもたげるように触れ、上り詰めさせ、俺の内部に入ってくる。
 指が外装の外されたむき出しの場所に這い、その動きひとつひとつでそっと俺を慣れさせて、神経を接続してくる。
 俺よりも幾分体格のいいプライムは気を遣ってくれてはいるものの、行為が続くうちに俺が耐え切れない程、また
 信じられない程強く、熱く求めるときがあった。俺は時々プライムと元首と護衛の関係、友の関係でなかったらこの
 熱い熱によって自分は破壊されてしまうのではないか、などと考える。
 「アイアンハイド」
 「あ、あッ」
 強い信号に、プライムの肩にしがみ付く。
 プライムの気持ちが、全ての重みが、感情が、スパークの震えが、コードを通して流れ込む。
 行為と共に、その事実に俺は快感で打ち震えてしまう。
 戦うことこそ誓いに近づくのではないのか。
 身体を繋げることが彼の為になるのか。
 もうそれは考えない。今はそれは考えられない。快感がそれを打ち消してしまうほどだ。
 プライムが俺の手に触れ、そっと囁いてくる。
 「ゆっくりでいい…私に、合わせてみろ」
 「う…ッ…」
 「私のスパークの響きを感じればいい。…お前ならば、分かるだろう?」
 「プライ…ム…」
 俺だからこそ今ここでそれを感じ取れる。オールスパークに次ぐとも言われるプライムのスパークを俺ごときがこんな
 近くで感じられるのはおこがましいが、それが出来るのは俺しかいない。そんなことにさえ、悦びを感じてしまう。
 「あ…あぁ…ッ…」
 「そう、それでいい」
 プライムは優しく笑い、ゆるやかに信号を送り続ける。俺は合間合間に送信するだけで手一杯だが、それでも彼を
 受け入れることだけは快楽中枢が限界を訴え始めてもやめることはなかった。
 スパークが響きあう。
 俺の全てを信頼してくれる。俺に全てを預けてくれる。
 俺を側に、その腕に、またその御心の内に、存在させてくれる。
 「アイアンハイド」
 そう俺を呼ぶ彼の瞳はいつもと変わらず一緒だ。その優しさに反する強い衝撃に、俺の身体が跳ねた。
 

 

 

 

 俺は永遠にこの信念を貫き続ける。その気持ちを疑うことなど微塵もない。
 オールスパークに誓おう。そしてオプティマス・プライムその人に誓おう。
 彼の為に生き、闘い、全てを捧げ、同じ夢を奏でよう。
 俺の一念が揺るがぬのと同じで、彼の意志もまた揺らぐことはない。己の道を疑うこともない。
 セイバートロン再建のため。彼が望む全ての願いのために。
 その為になら、俺はプライムに向けられる全ての敵意に立ち向かい戦場に向かってやる。

 

 

 

 

 司令部から発せられた信号通りに進路を進めると、占拠された一部の議会の建物が見えてきた。
 建物といってもほぼ全壊状態で、周囲はおざなりな防御設備がディセプティコンによって設置されているだけだ。
 アイスコープでだいたいの敵人数とレベルを予測する。俺一人で十分だった。
 プライムは今まだ被害の少ない民間施設に赴き、自ら指揮を執って警戒と迎撃に備えている。
 側を離れることになるのは致し方ない。全ては彼のためだ。拳を胸に当て、再度誓う。
 やがて俺の来訪に気づいた雑兵共が一斉に飛び出してきた。
 俺は一気に加速して武器を放つ。奴らは今の俺にとっては単なる動く的のようなものだ。ほんの一瞬で奴らは塵と
 なる。時間差で向かってきた一体が剣状の武器を打ち込んできたがそれをキャノンのガードで難なく受け止め、衝撃で
 飛んだそれを掴むと、身体が動くままに振り下ろす。
 そいつの身体が真っ二つに裂け、中の潤滑油が溢れ出て飛び散った。
 赤茶色の液体が俺の身体を濡らすのも構わずに、速度を上げて俺は進む。
 続々とやって来る敵を切り裂き、キャノンを放ち、建物へと向かってゆく。

 赤く染まった天幕状の囲いに飛び込んで、ばさりとそれを引き剥がし翻ったそれを持っていた奴らの武器で壁に
 押しとめる。動きを止めることなく俺の誇る武器と、信念と、誓いを構えた。
 


 

 「オートボット・アイアンハイド、参上!運試しをする時間などないぞ!!」
 誰が為      オプティマス・プライム、ただその一人の為に。彼の、自らの信念の為に。

 

 


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