SAMURAI(Barricade)
メガトロン様が高らかに反逆の旗を掲げてから、どのくらいの時が経ったのだろう。まだついこの間のような気もするし、
もう長いこと経ったような気もする。
オートボットとの闘いは一進一退を繰り返すばかりだった。まあ、それもまだ仕方ないだろう。準備を重ねた上での
反逆ではあったが元々は同胞。まだまだ勢力図も微妙だ。ディセプティコンに現在ついている者達の意思も全て統一
されているわけではない。それはオートボットも一緒だろう。
お互い手探りでの戦闘が続いている。無駄に人的・物質的な戦力を失うことも多い。
俺はこの大戦が始まってからというもの、メガトロン様の側からは離れることが多く、他の奴らに比べたら小さいながらも
戦闘力を買われ、前線に出ることが増えていた。それは俺がそこそこ戦えるのと同時に、高い情報力・諜報技術を
備えているからだろう。自分で言うのも何だが、そんなディセプティコンは俺くらいしかいない。似たようなのがいないこと
もないが、そいつらは俺が部隊を率いた場合か、圧倒的に力のある仲間についている時くらいしか役に立たない。
とても一体やそこらで出せるレベルではないのだ。
そんな中俺は両方でそこそこの成果をあげていた。俺はそのくらいで十分なのだ。戦闘ならばスタースクリーム達が
いるし、諜報なら何よりフレンジーがいる。任せられる奴がいるということは俺を多少なりとも安心させた。安心、という
のはおかしいかもしれないが、この驚くべき、そしておそらく長い歴史の中で類を見ない大きな戦いに、あらゆる意味で
自分を見失っている者は多い。無意味に武力を鼓舞する者もいる。それだけではだめなのだ。
メガトロン様の野望を叶えるには、それ以外のものが必要だ。
圧制による平和 それはただ闇雲に力を振りかざすだけでは達せられないだろう。
俺はそう思っている。メガトロン様の真意はまだ計り知れないが、そうやって少しでも冷静に考えられる者がいた方が
これからのためになる。
それは、フレンジーとも同意見だった。
いつしかひっそりと特別な関係になってからも俺とフレンジーは常に行動を、生命を共にしてきた。大戦が始まって
からは別行動が多くなったが、離れていても俺達の関係は、奥底の信頼は揺るがなかった。
俺とフレンジーは関係以前に仲間であり、メガトロン様の部下だ。メガトロン様の野望の元に集まった者だ。
俺達の力はメガトロン様の力になる。野望へと一歩近づく糧となる。
その為ならば、俺達は持てる力をフルに発揮するまでだ。
フレンジーは戦闘のメインにこそなれないが情報力がある。俺はさすがにそっちではフレンジーには叶わないが、
俺には両方を上手くブレンドさせた、俺なりの力がある。
気にならないといえば嘘になる。こんな甘いことを言うのは俺らしく、ディセプティコンらしくないのだろうが、離れて
いればフレンジーのことが心配にもなるし、一緒にいたいと思うこともあった。
それでもそれは無理やりに押しやった。俺の立場も、当然フレンジーの立場もある。
メガトロン様の夢が叶えば、俺達はまた今までと同じようにいられるのだ。戦場に不似合いな感情を持ち込んで万が一
のことがあれば、一緒にいるどころか存在さえ消えてしまうかもしれない。
これを終わらせればいい。
普段よりちょっと大きな、歴史に残る「仕事」を終わらせれば。
そうやってお互いのことは気にせず、でも少しだけスパークの隅でエールを送り、メガトロン様の為に働いていた。
そのメガトロン様が俺を呼びつけ、同じように呼ばれていたフレンジーを示して言った。
「長期の索敵に、フレンジーを借りたいのだが」
「…な、ぜ、俺に」
俺の声は衝撃で掠れていたかもしれない。側のフレンジーも、さすがに困惑したように青い瞳を瞬かせている。
だが次のメガトロン様の言葉に、俺達は揃ってぎくりとした。
「お前に断らずに連れ出して、もし何かあったときに私が恨まれては何だからな」
「…」
「ブラックアウト達と違ってお前達は共生体ではないが、ある意味あれよりも密なのだろう。お前もフレンジーも、意志を
持った高度な生命体だ。しかも飛び切り優秀な私の部下だ。お前達の力を疑うわけではないが、いざという時に互い
が気になって任務がおろそかになっては困る」
「いえ…あの、決してそんなことは…」
「ないとは言えないだろう、バリケード」
メガトロン様は少し目を細めて俺を見下ろす。
「お前はディセプティコンの中でも極めて稀なことに冷静だ。学者畑の出でもあるし、その力と卓越した情報力でありと
あらゆる可能性を見出すだろう。そこに大事な者が危険にさらされるという判断が下されることがないと言えるか?
そうなった時今まで通り冷静でいられるか?」
ご存知だったのか、とか、いつから、とか、聞きたいことはあったが口には出せなかった。特に隠していたというわけ
ではないし、かといって仲間内でも知る者はほんの一部ではあったものの、まさかメガトロン様が知っているとは
思ってもみなかったのだ。これだけ大きな反逆を企て、実行に移し、まだまだ統率しきれていない俺達を率いつつ、
そこまで考えが行き届いていたとは。
「構わんか?中枢部への侵入となるのでな、他の者には到底任せられんのだ。かと言って無闇に武力で押し込んで
必要のない煙を立てることもない。無駄な労力の消費は避けたいのだ」
「は…」
「構わぬか?バリケード」
俺はやっとの思いで声を絞り出した。
「…俺の許可など…なくとも…メガトロン様が必要と仰るのであれば…」
「それはあんまりではないか、なあ?フレンジー」
「え…」
珍しくフレンジーがうろたえ、俺とメガトロン様を交互に見る。メガトロン様は口元を少し上げ、俺の方を見た。
「今更取り繕うこともなかろう、バリケード。私とお前の間柄ではないか」
「…」
「私はお前達がどういう関係だろうと、別に口出しをするつもりなどない。そのことでお前達の私への忠義を疑うことも
ない。お前達の力が私の野望の為となるのだろうし、私の目的が達成されるのであれば、お前達もこのまま共に何も
変わらずいられるだろう。それで互いが精進できるのなら良い。先刻言ったように、お前達を引き離したせいで散漫に
なるのでは困る」
指摘された関係を肯定も否定も出来ずに聞いていた俺は、慌てて顔を上げる。
「引き離す、など…それはメガトロン様の自由ですし、フレンジーの任務であれば俺は何も…」
「ではフレンジーはどうなのだ?やってくれるか?」
フレンジーは俺をちらりと見てからメガトロン様を見、頷いた。
「…仰せの通りに」
「危険だぞ。だが、お前にしか任せられんのだ」
「はい」
「そうか」
メガトロン様の口調はいつもと変わらぬのだが、俺とフレンジーを見遣る視線はなんだか楽しそうに見える。俺の表情
に気づいたメガトロン様が笑った。
「…そう怒るな、バリケード。私は別にお前達を冷かしているわけではないのだぞ」
「怒って、なぞ…おりません」
「じゃあ本心を言ってみろ。先程から言われるままに返事をしているが、何か思うことがあるのだろう」
「は?」
「お前のフレンジーが長期間お前から離れても、平気なのか?」
「メガトロン様!」
こういう時意地悪く茶化したり弄り倒そうとしてくるのはフレンジーの十八番なのだが、その対象は何故か自分で、
しかも聞いているのはメガトロン様だ。思わず叫んだフレンジーの瞳がちかちか煌く。メガトロン様はフレンジーに
構わずに俺を見て続けた。
「言ってみろ」
こんな所でそんなことを言わされるとは思ってもみなかった。本人が目の前にいるのに。
だが、聞いているのはメガトロン様だ。
答えないわけには行かなかった。
「…俺…私、も、同行した方が…よいかと、思いますが」
いつも通り「俺」と言いかけて、無意識のうちに俺は呼称を直していた。
俺はもちろんメガトロン様に忠誠を誓っているが、ブラックアウトのように異常に心酔しているわけではない。冷静に
メガトロン様の野望を弁え、理解し、叶える為に側に控えている。いつでも、誰が相手でも自分を飾るようなことは
したくなかったし自分らしくいたかったから、メガトロン様と話す時も必要以上に遜るようなことはしなかった。メガトロン
様もそういう俺の振る舞いを気に入っているらしく、特に咎められたこともない。
だが今回のこれは任務を超えた、個人的願望が入ったものになる。例えそれがメガトロン様に半ば強引に促された
ものだとしても。
「フレンジーだけでは、移動の際に労力を使うでしょう。私はさほど大きくありませんし、そういった動きももちろん
心得ております。いざという時には防御にも攻撃にも移れます。内と外から同時に奇襲を掛けることも出来ます」
「…本部はどうする」
「私が遠隔でも指示できます。他の者でも、その作業だけならば任せられないこともありません。攻撃部隊は
ボーンクラッシャーに任せます。奴ならば問題ないでしょう」
「バリケード」
「は」
「顔を上げろ」
見上げたメガトロン様の目は、俺を真っ直ぐに見返していた。
「情報担当のトップが一度に二人抜けるのは本部としては痛い。それを分かっていような」
「は…い」
「私はお前の戦闘力も買っている。何故、そこまでして行きたいのだ」
「メガトロン様の、野望の為です」
「それから」
「…」
「本心を言えと言った」
「…フレンジーを護るためです」
「離れたくないのだな」
「…はい」
「それによって、私にどういう結果が残る?」
俺は少し考えてから言った。
最高の自己満足に聞こえるだろうが、構わない。
「ディセプティコンの…いえ、宇宙一の諜報チームを持つ頭領として、君臨なさることが出来ます。今はまだその
大いなる歴史の1ページ目に過ぎないかもしれませんが、すぐにその時はやって来ます。私とフレンジーならば
不可能も可能にしてみせましょう。それが私と…フレンジーの忠義の証です」
視界の隅でフレンジーが俺を真っ直ぐに見ているのが分かった。
おそらく同じ気持ちでいてくれるだろうと思う。俺も口に出してみて、改めてはっきりと自信を持った。
俺達は最強のバディだ。
武力で盾を張るには少々物足りないが、電子戦ならば敵うものなどいやしない。
目には見えないものでメガトロン様を護ることが出来る。
この姿だけで俺達を判断する奴らは、そのスパークの消失をもって自分の愚かさを知るだろう。
「そうか」
メガトロン様は短く言って、それから声をあげて笑った。
「ならばバリケード、お前も行くが良い。だが、僅かなミスも許さぬぞ」
「御意」
「すぐに出立しろ。詳しいことはフレンジーに聞け」
「は」
「フレンジー、全権をお前に一任する。バリケードを上手く使い、頼り、楽しんでくるがよいぞ」
「…はい」
フレンジーはいつもと変わらぬ素振りで返事をしたが、僅かに金属の一部が小さく音を立てていた。こう言っては失礼
かもしれないが、メガトロン様がそのような言い方 何かを揶揄するような言い方をするとは思えなかったのだろう。
この場に、状況に似合わぬ言葉。フレンジーは俺より一歩先に退室するべく脚を踏み出していたから気づきはしなかった
だろうが、改めてメガトロン様を見た俺は、その瞳のかすかな揺らぎを読み取ってしまった。
そしてそれに、メガトロン様も気づいた。
「…バリケード」
「はい」
「これは私の、壮大な野望のほんの一部だ」
「心得ています」
「ひとつ歩を進めるごとに、これは過去を贖う為の手段の一つに過ぎないと感じてしまうのだよ。何故であろうな」
「…申し訳ありませんが、俺はその問いの答えは持ってはおりません」
俺達はこういう表現をするのは何だが、幸せだ。こんな偉大な方の為にスパークを賭け、戦うことが出来る。その為に
生きることが出来るし、それがメガトロン様の為になり、賞賛をいただければ嬉しいことこの上ない。
俺にはフレンジーがいて、ブラックアウトにはスコルポノックがいる。奴自身しっかりと認識していないかもしれないが、
奴にとってスコルポノックの存在は共生体以上だろう。
スタースクリームはあんな奴だが、あれでも周りにいちいち突っかかったり力を誇示することで自分のあり方を探そうと
している。俺は心底嫌な奴とは思ってはいないし、逆にどうにかしてやらなくてはとも思っている。
ボーンクラッシャーもデバステーターも戦闘力はもちろんのこと、存在感の重さや経験は俺の及ぶところではなく、面と
向かっては言えたものではないが頼りにしている。あの二人もお互いそう思っているだろう。
俺達はそうしてメガトロン様の元にいる。だが、そういう俺達を束ねるメガトロン様はおそらく、孤独なのだ。
多くの夢を、志を共にしてきたはずの友とは道を違えた。それは御自ら望まれたことで、それでも自身を抑えることなど
出来なくて、今はただ手探りのまま、相対することで孤独とも戦っている。
友が 彼がメガトロン様をどう思っているかなど分からない。メガトロン様が彼をどう思っているかも分からない。
それでも俺達はメガトロン様についていくだけだ。メガトロン様の為に戦うだけだ。俺達の凱歌は、一瞬かもしれないが
メガトロン様の何かを支え、癒し、目覚めさせ、オールスパークと共に新世界への道標となるだろう。
「…すまんな。つまらぬことを聞いた」
「いえ」
「行け。フレンジーに、無茶をさせるなよ」
そう言ったメガトロン様の瞳には先程の揺らぎは消え、普段通りの、そして揺らぎとは別のらしくない光が宿っている。
含みのあるそれに今更取り繕うことなど考えもせず、俺はいささか開き直って一礼するとフレンジーの後を追った。
「おっとっと、こりゃ予想外」
おとなしく というか内部でかなり高度な索敵や計算が行われていたようだが していたフレンジーが声をあげて
格納スペースから飛び出してきた。俺はスピードを緩めることなく、それでも一応フレンジーを気遣いながら彼が肩口
へ移動するのを確認し、そちらを見る。
「どうしたよ」
「たまたまヤマが当たったんだろうけど、外側防御幕張られてるぜ。レベル高いのはいないみてえだけど」
「…たいしたことない。全部捻り潰してまとめて片付けて、お前が終わる頃にはそれで輸送艦のシールドボルト1セット
くらい出来上がってるよ」
「そりゃいいや。資源は有効にな」
センサーでは目的地の周り一体をオートボットの雑魚兵が二層三層にもなってぐるりと取り囲んでいるようだ。この調子
では内部もかなり警戒されているのだろう。俺の仕事はそれを始末することだ。
フレンジーの邪魔はさせない。
指先ひとつ触れさせない。
「首尾はどうだ?」
「準備万端。中に入った瞬間から始められる」
「了解」
「お前は?それ、使えそう?」
「…リーチに慣れりゃ、問題ない」
右手に持たされたそれは、フレンジーが試作してみたという俺専用の新しい武器だった。普段使っているディスクとは
違って俺がしっかりと持ち、力の限り相手に向かって振りぬけばいい。くれぐれも投げるなと念を押された。
「投げたら一度っきりになっちゃうからな。ディスクよりすぐ次の攻撃に移れるし、よっぽど変な使い方さえしなけりゃ
お前の手が傷つくことはない」
「分かってる」
「…右前方、来るぜ」
フレンジーの声に自身のセンサーでもそれを確認して、左手でフレンジーに触れる。
「直前まで入ってろよ」
「いいんだ。…ここがいい」
「…」
「中にいるのも悪くないけど、ここで同じものを見ている方が、スパークを感じられる」
「…そうか」
俺はそのまま一気に速度をあげた。ちらほらと現れた偵察部隊らしきオートボットに向かって間を詰め、相手が構える
前に、右腕を大きく振り上げる。
「邪魔だ!」
試しに惰性程度の力でそれを振りぬいてみたが、オートボットはあっさりと身体を切り裂かれ、左右に割れた。思うまま
に腕を振って奴らをあしらい、まとわりついた配線や金属片を除くために大きく下へそれを払う。
「どう?」
「爽快」
「だろ。さすがバリケード、反応いいな」
「そりゃどーも。見えたぞ、掴まっとけ」
「あい」
「すぐに入り口を開けてやる。後は俺に任せとけ。何があっても振り向いたりなんぞするなよ」
「お前こそ無茶すんな」
「…そういう訳にも」
俺の言葉にフレンジーの瞳が素早く視界の隅で瞬いた。
「俺とお前、揃っていてこそだ。それでこそメガトロン様の為になれるんだ。俺ひとりで、やりたい訳じゃない」
「…ああ」
たとえいつか戦いに散ることがあるとしても、それは屈辱ではないし、恐れたことはない。メガトロン様の為ならば
どんなことでも自身を犠牲にする覚悟はある。
それでも。
フレンジーが俺と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかった。
お前とならば。
お前が俺を必要としてくれるならば。
お前と俺で、メガトロン様の栄光の為、どんな道でも切り開いてみせよう。
たった一体で自分達に向かってくるディセプティコンの姿にオートボット達がざわめくのが分かった。暗闇から突然
現れたように見えただろう俺の肩口に青い4つの光がきらめく。その星をまとい、俺は声をあげた。
「ディセプティコン・バリケード、見参!お前らのその身体、我々の勝利の礎にしてやろう!!」
誰が為 メガトロン様の為、フレンジーと共にいつまでもその人の元に集う為に。