クールなスパイでぶっとばせ act.1
ネメシス号の中は静かだった。
偵察と索敵の為スタースクリームを始めとする仲間は出払い、基本的に船の運転を任されるバリケードと、先の
オートボットとの戦闘で負傷したフレンジーがメインモニターに向かっている。本当はそうたいした傷でもなかった
のだが、バリケードが気遣ったのと、こんな状況に似合わない静かな甘い時間を少しでも作りたかったのが本音だ。
それでも二人はお互いの仕事に没頭し、フレンジーは自慢のマルチアクセスポートを繋ぎあらゆるネットワークシス
テムを駆使してのオールスパークとメガトロンの捜索に回路を集中させていた。
と、甲高い声があがったのでバリケードはフレンジーの方を見遣った。
彼はおそらく他の種族のものが聞いたら耳障りな金属音を連続して鳴らし、一人で何事か言いながら高速でその
細い指を動かしてキーボードを操っている。それはたいてい、何か彼にとって楽しいものか心地よいものを発見した
時のクセで、バリケードは慣れてはいたのだがあまりに長く、かなり興奮気味だったのでとりあえず声をかける。
「おい」
それはバリケードしか知らない、別の時の反応にも似ていたので。
「フレンジー」
「…ああ」
「また一人でイッてんのか」
返事は返って来たもののこちらを見ることはない。多少焦れて、ついでに嫉妬も入ってバリケードは席を立つと
指で軽く後頭部を小突いた。さすがにフレンジーが振り返る。
「なーに、すんだよ」
「何じゃねえよ、またどっかと繋いでんのかと思ってよ。そんな溜まってんなら相手すんぞ」
フレンジーのセンサーが動揺を示すようにちかちかと煌いた。
「ッ…そんなんじゃ、ねえって」
「じゃあなんだってんだ」
その言葉にフレンジーは改めてモニターを見直し、わざわざ閉鎖回線で話しかけてきた。
(今んとこお前だけに話す。だから回線を閉じろ)
(分かった。で、どうした)
フレンジーから送られてきたその言葉は、衝撃的だった。
(…オールスパークの反応を見つけた)
「何!?」
思わず声に出してしまい、慌てて回線を戻す。
(悪ィ、うっかりした。…本当なのか)
(こんな大変なこと嘘言うかよ。ついでってんじゃねえけど、メガトロン様もだ)
(!)
(とりあえず今、他の奴に万が一にでも聞かれたくねえからさ。ほら、これ)
フレンジーはバリケードにモニターを示した。
(漸く分かったよ、あん時スタースクリームが散々エイリアン船のことを煙に巻こうとしてた訳が)
(…やはり、そうか。あのエイリアン船が関係あるんだな)
(俺が離脱中にこっそりちょうだいしたあの船からの信号と同じものがその星から感じられる。今回のメガトロン様
とオールスパークの反応は、そこからだ。周りには生命体が住めるような星はない)
(間違い、ないんだな…)
バリケードは喜びを噛み締める。生きている。我らの首領は生きている。
しかもお互い認識してはいないとはいえ、オールスパークもそこに、同じ星にある。
(ああ。多分あのエイリアン船は、あいつらにしたら最新の、高度なテクノロジーであるメガトロン様、もしくは
オールスパークのエネルギーを元に作ったんじゃないかと思う)
あのエイリアン船との一時の逢瀬については、いくら人数で問い詰めても頭の回るスタースクリームが適当に濁し、
最後はお決まりの台詞でもって仲間を黙らせてしまい、真実は知らされなかった。しかし、あの後幾分おとなしくなった
ブラックアウトをまじえての結論は、今フレンジーが明かしたものとそう遠くない。
自分達の道が間違ってはいなかったことに、嬉しくなる。
(成る程な。それで全ての合点がいく)
(地球、という星らしい。炭素系の生命体が多く住んでいる。さほど大きくはないが、そこそこ栄えてる星だ)
(…)
(今、ほんと偶然に引っかかった。多分、まだオートボットの連中には気づかれてはいないと思う。だが、奴らが
気づくのもそう遅くないだろうな)
バリケードは考え込み、フレンジーの側に膝をついた。
(どうする?)
(無論、行くさ。なるべく早い時期に。俺がスタースクリームに言う)
(その時の奴の顔が楽しみだな)
フレンジーは声には出さずに笑う。
(無駄に機嫌損ねるとあとで面倒だから、見つけたっていう情報だけ言うよ。命令される前に、この星に潜入する
ってのも進言してみる。現地で確実な情報集めたいからな)
過去に諜報部のトップを極めたフレンジーは、もう既に回路が潜入へのプランをはじき出しているらしい。ネメシス号
での幾年の暮らしでは、存分にその力量を発揮できる場面は少ない。メガトロンやオールスパークを探すことと同時
に、潜入自体へ楽しみを置いているのが伝わってきて、バリケードは苦笑した。
(楽しそうだな)
(そりゃあね、こんなとこで面白くもねえツラ突き合わせてるよりかは)
(どこにあるのか分かってんのか?その、地球ってのは)
(だいたいな。まあ、気楽な旅ってわけにゃあいかねえだろな)
(お前一人で行くのか?)
バリケードの言葉に、フレンジーは少し小首を傾げて顔を近づけてきた。
(お前も一緒に行くだろ?バリケード)
それはバリケード自身期待していた返事であり、望んでいた言葉でもあったのだが。
(…二人一度に抜けて、問題ねえかな)
一応もっともらしく焦らしてみる。
フレンジーとの関係は長い。元々自分の所属に彼が配属されてからのつきあいであり、それは配属が別れてから
も続き、なんだかんだで他所にはおおっぴらには言えない関係にもなった。最強のバディと謳われつつも彼が
優秀なのは周知の事実で、メガトロンも特に目をかけていた。それを無闇にひけらかすような奴ではないが、仲間
としては嫉妬する部分も、羨望する部分ももちろんある。対等に、ある意味かなり深く対等につきあってはいるの
だが、バリケードよりはかなり世間慣れして社交的で頭の回転が速い彼は、時々悪戯にバリケードを振り回す。
決して上に立ったりはしないが、彼自身の嗜好で利用されていると思わないこともない。
それが時々気に入らない。
そしてそれは身体を繋げた時でさえ、時折見せる。それは別に嫌ではないのだけれど。
たまには困らせてみたいじゃないか。
バリケードは悪戯っぽくそう考えた。
(べっつに、誰だって船は動かせるし自動運転だっていくらか持つだろ?必要な情報はもう見つかったし、諜報
担当がいなくなったってたいしたこたない。戦闘だって、正直俺らより向いてる奴らがいるんだから)
フレンジーはバリケードの返答が少し意外だったらしく、最後の方は少し早口になった。
もう少し、と思ってわざと長考して、畳み掛ける。
(まあ、そりゃ、そうだが)
バリケードの濁した言葉に、フレンジーは立ち上がると細い脚でバリケードを思い切り蹴りつけた。
「いって…!」
(お前俺と行きたくねえのかよ!)
それはさすがに不意打ちだったので、バリケードは軽く体勢を崩した。ぷい、と横を向いて、フレンジーはコンソールに
乱暴に腰掛ける。
(…地球ってのは、ある程度は文明が発達してるみたいだから、潜入したら擬態することは可能だと思う。でも、
俺は小さいからたいしたもんには擬態出来ねえ)
(…)
(俺だけじゃ移動もままならねえよ)
(フレンジー)
(俺一人であんなちっちぇ異星に行かせるつもりかよ)
(フレンジー)
(んだよ、もしかしたら誰よりも先にメガトロン様に会えて、オールスパークも見つけられるかもしれないんだぜ?
折角誘ってやってんのに)
フレンジーはバリケードを無視するかのようにまくしたてた。
(聞けよ、フレンジー)
(うっせえ、俺はお前と行きたいって…思ったのに…いいよ、別に俺だけでもなんとか)
ふっと笑って、拗ねるようにそっぽを向いたフレンジーの顔を指先で戻す。
(お前にそう言わせたかった)
(な…)
バリケードはしてやったりといった顔で、フレンジーを見た。
(たまにはいいだろ?こういうのも)
(…てめえ、最低だ)
(その「最低」がイイんだろ?)
(…)
睨むように返す視線は外れない。フレンジーの身体から高い小さな金属音が連続して響く。顔を、近づける。
(可愛いな)
(…ちっ、俺としたことが)
(フレンジー)
お前の行くところ、俺の行くところ。
どこでも、一緒だ。
それが最強たる所以。
(…一緒に、行こう)
(…)
(俺がお前を連れてってやるよ、フレンジー。何処へでも)
立ち上がってフレンジーをコンソールから降ろし、軽く顎部センサーに触れてからモニターを見る。
(その地球ってとこまででも、ライトフライトってわけには行かねえだろう。祖形の時は俺が抱えていってやる。
スピードと防御は俺だ、お前が座標もろもろをどうにかしろ。あっちに着いてからは、俺が移動しやすいものに
擬態して、お前はそこにふさわしいものの一部になればいい。たいしたもんはないだろうが、もしもの時は俺が
必ず護ってやる。情報力はお前の方が上だから、お前に任せる)
(…バリケード)
(行こうぜ)
(…うん)
(俺が行きたくないわけねえだろ、お前となら当然だ)
(…)
(俺らがいちばんにメガトロン様やオールスパークに会えるかもしれないんだろ?そんな気分のいいことはない。
オートボットの相手も飽きたし、久々に異星で暴れまわるのもいい。それに)
(それに?)
(お前と二人というのが、いちばんいい。何したって他の奴に見られる心配もないからな)
センサーが再び煌き、それから少し呆れてフレンジーは言った。
(…何するつもりだよ)
(さあね)
(任務だぞ任務。一刻も早く見つけたいんだ俺は。余計なことしてる暇ねえ)
(お前の十八番だろ?ちったあ異星を楽しめよ)
(バリケード、お前な)
(ほんとは今襲いたいくらいなんだけどな、もうちょっと我慢しとくわ)
(…一人で勝手にやってろ)
(お前がさっきから何度もイクだのイキたいだの言うからいけないんだよ)
(な…ばっかじゃねえの!?お前だって言ってんじゃん!)
(俺はいつでも正直に言ってるぜ?どっちの意味でもな)
(…つきあいきれねえ…)
(じゃ、お前そういう気全くねえのか)
(…)
「ん?」
バリケードがフレンジーを覗き込む。フレンジーは作業を再開しつつ、その瞳を見返した。
「…ないことは、ない」
「なら、いいや」
その返答に満足してバリケードは操縦席に戻り、いくつかのモニターを確認してから顔だけフレンジーに向ける。
「そのデータこっちにも送ってくれ。報告前に俺も見ておきたい」
「分かった」
「そのうち戻ってくるだろうからな、その前に詳細な情報収集、頼む。俺も手伝う」
「あい、お任せ」
(それと、スタースクリームのご機嫌メーターが振り切れない程度のいい進言もな)
視線を合わせて、くすりと笑う。
「…もちろん」
その報告を聞いた瞬間のスタースクリームは想像以上だった。夢にまで見た一報に興奮しつつも、後ろで
ブラックアウトが閉鎖回線で忍び笑いしつつ話しかけてくる。それに目配せし、バリケードは病的とも言えるほど
能力をフルに発揮したフレンジーの提案を聞いていた。
「…まあ…じゃあ、お前らに任せる。行って来い」
冷静を装う唯一の術は、少なくとも現時点での首領という立場で命令する、そのひとつのみ。
スタースクリームがフレンジーの報告と一手先の正に「進言」の両方に軽くキレつつも、渋々それを了解するのに
たいして時間はかからなかった。
「座標は?」
「想定されるワームホールは計算に入れた。後は道のり次第だ」
「この距離は久々だな」
「…ああ」
辺りを確認してから、最後のシールドを開く。
「大丈夫だ。俺が、護る」
しっかりとその細い身体を抱える。
「うん」
細い手足を彼の一部に溶け込ませ、回路を集中させる。
「出るぞ」
(すぐ追いかけるさ)
ブラックアウトの声を聞き、バリケードはフレンジーごと祖形へトランスフォームすると、ネメシス号を飛び出した。