BRAVE STORY 

 

 

 

 あなたを待ってるなんて言わない。そんな我侭は言わない。
 あなたが望む通りにして、命令に従って、あなたの考えに、夢に従って。
 それがままならない時は、自分の判断であなたの思惑に叶うように行動する。
 自分の全ては、すべてあなたのため。
 あなたと自分との過去が例え忘却の彼方へ消えてしまおうとも。
 ただその中に、ほんの少しでも自分にしか分からない愛があれば、それだけでいい。

 

 お前を見守っているなどとは言わない。そんな甘いことは言わない。
 俺はメガトロン様が望む通り、忠実に命令に従って、その野望の為ならばどんな任務でもやり遂げてみせよう。
 その為ならば俺はきっと、お前をどんな危険な場所へでも送り込むだろう。
 それがメガトロン様の為になるならば、俺は決してお前の為に振り向いたりなどしない。
 俺とお前の未来が例え違うものになろうとも。
 ただその中に、ほんの少しでも俺にしか分からない愛があれば、それだけでいい。

 

 

 

 

 「さっきのバリケードとのやり取りを聞いていただろう?」
 ブラックアウトはゆっくりと送信を続けながら、腕の中で喘ぐスコルポノックを見下ろした。
 体格の違いすぎる相手の、スコルポノックにとっては負担が多すぎる接続コードと送られてくる信号。他者に繋がれる
 ということ自体がまず身体にも回路にもかなりの衝撃で、そこに同胞で共生体とはいえ別の個体からの信号が侵入
 してくるのだ。その信号は強力で、ドローンにもきちんと存在する快楽中枢を直に刺激する。コードを伝ってやってくる
 それはスコルポノックの神経に痛みと苦痛と快感を同時に与え、体内であらゆる反応や信号を飲み込んだ上で、ほんの
 少しブラックアウトへ戻って行く。相手がブラックアウトでなければとっくに自我が破壊されているであろうその刺激に
 耐え、出来る限りの反応を返すのが精一杯で、自分自身から送信などはままならない。時々意識が遠のきそうになる
 が、それでもしっかりとそれを受け入れ、ブラックアウトに自分なりに出来る限りの信号で答える。
 『はい』 
 「人間共の軍事基地に乗り込んで、そこにあるデータを根こそぎ奪い取る。お前も見たあの船が、民間の人間になぞ
 造れるはずがない。きっと何か情報がある」
 強い信号にスコルポノックは高い電子音をあげ、軽くブラックアウトの身体に爪を立てた。震えるほどの熱さが通り過ぎる
 のを待ち、少しだけ心地がつくと目の前に自分が主の身体につけた薄い傷跡が目に入った。はっとして、恐る恐る顔を
 あげる。
 『あ…』
 「どうした」
 『…ごめん、なさ…』
 「何を謝ることがある」
 ブラックアウトはスコルポノックの視線に気づき、送信速度を緩めてスコルポノックを抱えなおした。
 「無理をさせているのは俺だ。…分かってるんだ。お前のつけた傷など、傷のうちに入らない」
 共生体といえども内部の構造は全く違う。体格も違う。それにまだ幼い。そういう相手にこうした行為をすること自体
 危険であるし、自分でもおかしいのは分かっていた。ちょっとしたことから最初にその関係を話したバリケードには呆れ
 られ、文句を言いつつもよくスコルポノックの面倒を見てくれているフレンジーにはぶっ壊すなよ、と彼にしては珍しく
 真面目な口調で言われた。じゃあお前らのしてることはどうなんだと逆に突っ込むと、二人とも何も言わなくなって
 しまったのだが。
 共に生きる。それはどういうことなのだろう。
 ブラックアウトが自分の中にスコルポノックの存在を知ったのは戦闘兵として頭角を現し始めた頃だった。生を受けた
 時からもともとあったのか、それとも戦闘に身を置くことで生まれたのかどうかは分からない。こうした共生体を持つ仲間は
 最近では珍しいらしく、メガトロンには大事に、有効に扱うようにと言われた。それでも最初は自分でもよく分からなくて
 まんま手駒のように扱ったり乱暴にすることもあった。だが、このドローンはどんな扱いをされようとも文句ひとつ言わず
 忠実に自分に従い、任務をこなし、気まぐれに誉めてやればこれ以上の幸せはないというように、それでもあくまで
 控えめに喜びを表す。その姿はまるでメガトロンに仕える自分のように思えて、文字通り別個体とは思えなくなって
 いった。いくら手酷く使っても傷ついても、自分の元からは決して離れようともしない。共生体という言葉が示す通り自分
 の一部なのだからそれも当たり前なのだが、それでも小さいとはいえスパークを胸に持つ彼は間違いなく自分とは違う
 ものだ。いつからかただの主従関係ではなくなり、他の生命体よりは上だろうが自分達からは遠い知能しかないスコル
 ポノックに、ブラックアウトは全てを一から教え、自分は元よりメガトロンへの忠誠を改めて誓わせ、戦闘に参加させた。
 仲間のどのトランスフォーマーとも違うスコルポノックはその独特な身体と攻撃方法で力を発揮し、メガトロンにも認め
 られている。始めは電子音のみで、それもブラックアウトでなければ分からない暗号のような言葉しか発することが出来
 なかったが、現在では回線越しではあるが他の仲間とも一応会話出来るようになった。
 「辛いか?」
 『大丈…夫…』
 「もう少しで…終わる」
 『は、い』
 スコルポノックの回路が悲鳴を上げ、手が今度は主を傷つけぬようにと空を彷徨う。それを無理やり自分の身体へ
 押さえつけて、ブラックアウトは送信速度をあげた。

 

 

 

 乾いた熱い風を感じて、スコルポノックはうっすらと目を開けた。
 自分を抱きかかえるブラックアウトは真っ直ぐに灼熱の太陽を見つめている。
 赤い瞳が輝いていた。
 大好きな、大切な瞳。
 優しく、大事にしてくれるのはもちろん幸せだったが、その瞳が、腕が、その意志が自分をどう扱おうともスコルポノック
 は平気だった。自分は彼の一部で、彼から生まれ、彼と共に生きるのだ。全て彼のものなのだから、そのひとが
 たとえ自分を扱き使おうとも危険な任務に送り込もうとも、自分はそれに従う。
 傷つくことなど怖くない。ただ、彼に必要とされなくなることだけが恐ろしい。
 こんなことを言ったら彼に怒られるだろうが、メガトロンに死ねと言われたらそれをすぐに受け入れられるかどうかは
 分からない。でもそれがブラックアウトならば、自分は喜んでその命に従うだろう。
 彼の言うことは自分の全てだ。
 彼が戦えと言うならば     願わくば彼と共に戦えるのならば、それは至上の喜びだ。
 ブラックアウトとならば、自分はどこへだって歩いてゆける。
 「…気がついたか」
 腕の中のスコルポノックがわずかに身動ぎしたのに気づいて、ブラックアウトは視線を降ろした。
 「無理をさせたな。もう太陽がこちら側へ傾いて来てしまっている」
 その瞳はスコルポノックだけにしか向けない、優しい光を湛えている。
 「これから目的の軍事基地へ向かう。位置情報を送っておいたから、確認しろ」
 スコルポノックはこくりと頷くと自身の回路を確かめた。それを終え、ゆっくりと砂の上に降りる。
 「問題ないな」
 『はい』
 「規模はこの地球という星のレベルで言えば、結構な大きさらしい。そこにいる生命体である人間の数もかなり多い
 だろう。成功しても失敗しても下手に警戒されたくない。少なくともそこにいる人間、俺達を知ったもの全て消す。
 俺が万が一取りこぼした分
はお前が処理しろ」
 『はい』
 ブラックアウトはスコルポノックに頷いて少し微笑み、立ち上がる。
 何もない砂漠の中、真っ直ぐに立つその黒い巨体は壮観だった。スコルポノックは尾を少し揺らし、その大きな姿を
 崇めるように見上げる。
 「もうすぐだぞ、スコルポノック」
 ブラックアウトは太陽を見つめながら言った。
 「この星に間違いなくオールスパークは存在する。メガトロン様もだ。もう間も無く再会出来る。そうしたら今度こそ
 あの方の近くで、お前は俺と共にあの方の為に戦うのだ。例えスパークを散らすようなことになろうとも」
 最後の言葉に少しだけ小さなスパークに震えが来たが、それも一瞬だった。
 メガトロンの為にということは、それはブラックアウトの為なのだ。
 それなら何も怖くない。恐れることなど何もない。
 ブラックアウトの一部とは言っても、二人に同じ感覚が流れているわけではないから、例えばどちらかが負傷したと
 してもその痛みが相手に直接伝わるわけではない。それでもブラックアウトは自分を労わってくれるし、また自分も
 ブラックアウトがどこか傷を負えば、まるで自分も同じように痛みを覚える気がしていた。
 それはもちろんそんなわけではないのだけれど。
 そう思うだけで、思い込むだけでスコルポノックは幸せだった。
 そして主であるブラックアウトも、同じように思っていてくれた。
 「恐れることはないぞ。お前のやることは、俺の為にもなるのだ。逆もまた然りだ」
 『…ブラックアウト』
 「いつまでもメガトロン様の側で、俺とお前は共に生きる。そのための戦いだ。いいな」
 『はい』
 いつまでも永遠に。
 あの方の夢を、自らの夢を叶えるため。
 ブラックアウトは膝をつくと、スコルポノックを収納するべく背中のローターを左右へ大きく動かした。

 

 

 身体が熱くなる。小さなスパークに彼から発せられる鼓動がからむ。
 何よりも、どこよりも安心できるその一体感。
 スコルポノックはブラックアウトの背で、荒々しく動き回る主の雄姿を静かに感じていた。
 逞しい腕から放たれる電磁プラズマ。
 自分はトランスフォーマーの中でも小さい方だが、この星の人間という生命体はそんな自分よりももっと小さく、水の
 ようにやわらかく脆弱で、自らは武器を持たなければ攻撃も出来ない。
 彼らは無様に逃げまどい、自分達からすればごく小さな隕石がぶつかった程度の、火力の弱い武器を使って必死の
 抵抗を続けている。ブラックアウトに敵うはずもなかった。
 ブラックアウトは自分と繋がる時と酷似したスパークのたぎる感覚をスコルポノックに感じさせながら、辺りをプラズマで
 一掃してゆく。やがて目的の軍事施設のネットワークに無事侵入したが、人間の最後の力により、回線はデータを
 6割ほど手に入れたところで切断されたようだ。
 (虫ケラが、無駄な足掻きをしやがって)
 ブラックアウトは呟いて仕方なくそれを諦めると、まだ生存している人間の排除へ向かった。基地の外側を囲むように
 して止められている大型車両に向かって人間達が散らばってゆく。砲撃を続け、少しはぐれた人間を踏み潰そうとして
 上手く避けられたところで、時間が一瞬止まった。
 

 『…ブラックアウト?』
 

 スコルポノックの問いに答えることはなく、自分のいる場所とは逆側で胸部に内蔵されている砲身がセットされる音
 がした。それと同時に、ほぼ同じ位置に軽い衝撃が走る。途端にブラックアウトから発せられる信号の温度が一気に
 跳ね上がるのが分かった。
 (スコルポノック)
 『はい』
 (お前の出番だ。ここまでの状況は既に分かっているな?)
 『データは残念ながら、全て奪取するには至らなかった…』
 (そうだ。下等生物なりに攻撃を返してきた。その上おそらく、俺のデータをわずかだが取られたらしい)
 『…全て、消し去ります』
 スコルポノックは言って、待機状態になっていた自らの身体を戦闘態勢へと起動させる。
 

 主の姿を人間になど残すものか。
 この尊い姿を、人間の目に、頭脳に、記憶にさえ残すものか。
 

 (しぶとくも、いくらかは生存しているらしい。逃亡した人間全て追いかけて、全滅させろ)
 『はい、お望みのままに』
 (俺はこの基地全て消滅させる。お前の任務が終わり次第合流だ)
 『はい。…行きます』
 何も目に入らない。殲滅させる人間のその姿さえどうでもいい。スコルポノックを動かすのはブラックアウトへの
 忠誠心、そしてブラックアウトにしか分からないただひとつの想い。
 それだけを抱えて彼は戦闘へと向かう。
 スコルポノックは異星での初めての闘いに神経回路を高ぶらせながら、格納スペースから飛び出すべく体勢を整えた。
 (…スコルポノック)
 ブラックアウトが内部回路を通じて呼びかける。

 

 (お前の戦果を期待している。もし負傷したら、その場で静かに待っていろ。迎えに行ってやる)

 この場に似合わない、優しい響きだった。

 『そんな、ブラックアウトを煩わせるようなことは』
 (いいから俺の言う通りにしろ。お前は俺の為にあるのだから)
 『…はい』
 (いいな、必ずだ)
 『…ありがとうございます』
 (用意はいいか?)
 『はい』
 (よし、行け)

 

 

 『どうぞ、武運をご照覧下さい』

 

 ローターブレードが左右に大きく分かれたと同時にスコルポノックは反転して格納スペースから飛び出す。砂の中へ
 潜ると人間達を追いかけるべく砂煙を上げて消えていった。

 

 誰よりも特別な存在。誰よりも大切な存在。
 ただひとりにしか向けない瞳、ただひとりにしか向けない心。
 いつもと同じ溢れるほどの忠誠の心と、ドローンには過剰すぎるほどの優しい心。
 いつもと同じそれが、今は何故か少しだけ自身を不安にさせる。
 その不安を消し去るように、主従の間には確実な思いが同じように存在した。いつまでもこのままいられるように。
 

 メガトロンに栄光を。

 

 

 

 新たなる歴史を開くための第一歩
 それは幾年も抱いた大いなる夢のため
 お前を、あなたを讃えるための、勇敢な物語の一歩。
 

 



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