To be in the same boat

 

 まずい、と思った。
 オプティマスの右腕から、オレンジ色のブレードが現れる高い音がした。
 ボーンクラッシャーの首元を、オプティマスの腕が羽交い絞めにする。
 そしてその瞬間が訪れる。

 

 ああ。

 

 荒れ狂う戦士の首が落ち、赤い瞳が何度か瞬いて、消えた。

 

 ちくしょう。

 

 その時のオプティマスには慈悲深い国家元首としての顔はどこにもなく、ボーンクラッシャーをまるでその辺の
 石ころか何かのように無視し、落とした首を投げ捨て、動かなくなった彼の身体を踏みつけて辺りを見回していた。
 その顔はまるで血に飢えているようで、一瞬俺でさえぞくりとする。
 しかしやらなければならない。
 メガトロン様のために。
 オールスパークのために。
 今そこで散って行ったボーンクラッシャーのために。
 俺は勢いをつけて高架からオプティマスの背後に飛び降りた。

 

 「オプティマス!」
 奴は俺の気配を察していたようで、俺が叫ぶと同時に振り向き、その鋭い目を向けた。
 大きな腕が俺を捕まえようと迫ってくる。
 ディスクでそれを払い、後退して距離をとる。
 ハイウェイのあちこちを粉々に砕きながら、腰を落として重心を低くし、オプティマスに飛び掛って殴りつけるが、
 すぐに奴は攻撃に移り、俺は吹っ飛ばされた。
 身体中が軋んでいるのが分かる。
 大事なグリル部分が歪んでいる。
 圧倒的な体格差。分かっていても俺は挑まなければならない。
 ぎりぎりのところで攻撃をかわし、爪とディスクで奴の装甲に傷をつけ、ありったけの力で蹴り飛ばす。
 敵うはずがないが、やるしかない。
 勝つのは俺達だ。
 オールスパークを手に入れるのはディセプティコンだ。メガトロン様だ。
 俺はせめて時間稼ぎにでもなればいい。
 出来れば、いくらやられてボロボロの姿をあいつらに笑われても、それだけのことをやったと胸を張ることが出来たら。
 その時が訪れれば。

 

 思い切り投げつけたディスクは奴の腕のガードにより後方へ飛ばされ、ハイウェイに突き刺さった。人間共の車が
 きついブレーキ音を立ててあちらこちらに衝突する。今はそれに構うことなく、オプティマスは俺に腕を伸ばしてきた。
 「オールスパークよ、心ならずも道を誤った者達だ。どうか、導いてやってくれ」
 青い瞳が燃え、俺の身体を鷲掴みにする。
 「ぐ、あ…」
 「許せ」
 その顔で、その表情で、その声で、それかよ。
       全く、素晴らしき国家元首様だ。
 「…メガトロン、に、栄光を…っ!」
 俺がその言葉を言うや否や、奴は俺を強く側の支柱に叩き付けた。衝撃で支柱が折れ曲がり、俺の身体はねじれて
 そこへ崩れ落ちる。そして、その様を振り返ることもなく奴はトランスフォームして去っていった。

 

 身体が動かない。
 自慢のボディはあちこち傷だらけで、歪み、火花が飛び散っている。
 歪んだ装甲から、青い液体がきらきらと光りながら流れ出しているのが見えた。
 「う…」
 俺もこれまでか。
 軋む身体を無理やり動かして首を上に向け、集中して仲間を探ってみる。
 スパークの反応が消えているのは、すぐ側で最早鉄屑のようになっているボーンクラッシャーだけだ。ちゃんと
 メガトロン様の反応もある。ああ、良かった。あの方は生きていたのだ。
 

 デバステーター、あんたのその身体で、人間共を踏み潰してやるがいい。
 ブラックアウト、あのローターでオートボット共を切り裂いてしまえ。
 スコルポノック、もう少し砂の中で待つがいい。すぐに主人が迎えに来てくれる。
 スタースクリーム、もはや恨みつらみはナシだ、とにかくやっちまえ。
 メガトロン様、折角久々にお会いできると思っていたのに、申し訳ありません。どうか、その手にオールスパークを。

 そして。

 

  フレンジー。

 すまん。
 俺はもう、一緒にいられない。

 メガトロン様を頼むぞ。

 運命を共にしたかったが、どうもそれはもう無理らしい。
 お前は、生きろ。俺の分も、そのスパークの全てをメガトロン様に捧げてくれ。

 

 

 俺の、フレンジー。

 

 

 

 

 ++++++

 

 まさかと思った。

 

 ボーンクラッシャーのスパークが消えたのはすぐに分かった。豪快に笑ったり喋ったり、辺りを根こそぎ蹴散らすように
 相手に向かって行くかつての雄姿が浮かんで、この状況に似合わず少しセンチメンタルになった。が、それを許す
 ことなく、扉の向こうでは人間が何やらぎゃあぎゃあ騒いでいやがる。手近な排気口を見つけて爪先で蓋をひっぺが
 し、中に入り込む。その脆い金属が歪む音にいち早く反応して、また人間共が撃ってきやがった。
 ちっと舌打ちして、センサーで複数いるらしい人間の位置を探る。
 すぐ下に二人。
 少し離れたところに一人、もう一人。ああ、こいつは俺のエアフォースワンでの仕事を邪魔してくれた奴らしい。
 見てろ、俺のディスクでお前の回線をぶち切ってやる。
 人間の武器はひたすら連射出来る種類のものではないようだ。合間を見計らって飛び出してやろうと暗いトンネルを
 進もうとしたところで、俺のプロセッサが瞬間、あり得ないものを捉えた。

 

 また、仲間のスパークが消えていこうとしている。

 もし仮に、何十億、何千億のスパークが一箇所に集まっていようとも、瞬時に見つけ出せる自信のあるスパークが。

 

 「…嘘、だろ…」

 

 紛れもない、バリケードのスパークが。

 

 鈍い金属音がいくつも響く。
 「!」
 動きを止めた俺に向かって、また人間が撃ってきた。足元の金属がいくつも凹む。幸いまだそれは突き破られる
 程の脅威ではなかったから、とりあえず一歩下がってセンサーを集中し、呼びかける。

 

 (バリケード)

 

 (バリケード、応答せよ)

 

 

 

 (答えてくれよ!)

 

 少し時間を置いて、弱々しい声が途切れ途切れに返って来た。

 

 (…フレンジー、か…)

 (バリケード、お前)
 (…オプティマス、に、やられた…ボーン…クラッシャーも、だ…)
 (…ああ)
 (あいつは…首を…落とされた…ああ、ちくしょう…)
 (お前は?動けそうか?オプティマスはまだいるのか?)
 (…奴はもう、そっちへ向かって、いるだろう…俺は…)
 (…バリケード)
 (…)
 (バリケード!)
 

 (…スパークが流出しだしている…もう、無理だ)
 (な…)

 (お前、は…今、どうして、いる)
 (…戦闘中だ。人間共が俺を狙って撃ってきてる。メガトロン様は無事復活して、人間共が奪っていったオールスパーク
 を追って行った。スタースクリームもだ)
 (そう、か…)

 バリケードの声が、スパークの反応がだんだん弱くなっていく。俺は思わず声に出して叫んでいた。

 「バリケード!」
 (ああ…)

 どうにもならない。
 こんなに離れた場所では。

 

 終われば、また一緒にいられると思っていたのに。
 先遣隊として一緒にこの地球に降りて、時々別行動をしながらもなんとかオールスパークの手がかりを見つけて、
 あと一歩で手に入るところまで追い詰めて、あの黄色いオートボットに邪魔されて、とりあえずあの場は最善の策を
 とろうと別れて俺が一歩先へ出た。地道に追いかけつつ、メガトロン様もオールスパークも発見し、ようやくまた会う
 ことが出来ると。

 俺はお前を待っていたのに。

 あの時誓ったのに。

 今度会う時はオールスパークと共に、メガトロン様の元にと。

 この長い長い探索の旅も、長い闘争も、ようやく終わる、そう思ったのに。

 

 (…フレンジー)

 「バリケード」

 (…お前と、これからも運命を共にしたかった)

 そんなこと言うなよ。

 それじゃまるで。

 (永遠に、一緒にいたかった)

 「バリケード…!」

 

 (お前は…生きろよ…メガトロン様、に、宜しく、頼む)
 「馬鹿!何、言って…」
 (フレンジー)

 俺の知っているバリケードからは考えられない、弱々しい声。

 

 (メガトロン様への、忠誠は…例え、このスパークが失われようとも、消えることは、ない。
 だが、今はあえて、それを抜きにして…言う…俺の、全身全霊を、賭けて)

 そして、この上なく甘い言葉が俺の身体に直接響いてくる。

 

 (俺には、お前だけだ)

 

 

 鋭い痛みが走り、それを最後にバリケードの反応は消えた。

 

 

 「…バリケー、ド」

 

 嘘だ。
 

 バリケード。

 バリケード!

 「バリケード!!」

 

 俺は狂ったように暗いトンネルを突進し、薄い壁にぶつかり、そして勢いでそれをぶち破って飛び出した。

 

 

 +++

 

 あーあ、ざまあねえや。

 

 誰もいない空間に向かって、一人呟いてみる。

 

 

 人間との戦闘の結果、俺は俺自身のディスクで頭を落としちまった。回路を分散するのが遅れて、ものの見事に
 やられちまった。うわーほんと情けねえ。あんな下等生物にしてやられるなんてよ。
 おまけに俺に火炎放射器を向けてきた人間が、倒れた俺を嬉しそうにつまみやがって。
 俺に触るな。
 その汚い手で俺に触れるな。
 俺に触れていいのは一人だけだ。

 もう俺の側にいない、ただ一人だけだ。

 

 

 宇宙生物資料館とか名づけられたこのだだっ広い汚い部屋には、化石に近いようなもんしか残っていなかった。
 紙のファイルや、大きさだけのコンピューターや、呆れるくらい古い昔の無線。
 そうか、さすがに俺のウイルスは無線には効かねえや。下等生物には下等生物なりの知恵があるんだな。ちっ。
 俺をやった人間共がここを出て行ってだいぶ経つ。…気がする。随分と静かだ。
 他のとこにいた奴らも、とりあえずここはほっぽって行っちまったらしい。
 だいぶ能力の鈍った回路を動かしてみるが、仲間のスパークはほとんど感じられない。
 負けたのか。あのメガトロン様でさえも。
 俺の身体はもう
このまま朽ちていくだけだろうが、オールスパークの慈悲なのか、かろうじて意識だけはここに
 漂っている。そのうちそれさえも消えてしまうのだろう。
 俺はどこへ行けばいいんだろう。どこへ行くんだろう。

 ここもそのままなはずはない、また人間共が戻ってきてあれやこれやするんだろうな、イヤだな…

 

 ぼんやりとスパークの輪郭が崩れていく感覚を辿っていると、ふと、誰かが部屋に入ってきた気配がした。

 もう人間共はおいでなすったか。全く手際の良いことで。
 せめて俺の意識がここから完全に去るまでは、来ないでほしかったのに。

 

 しかし。

 

 俺は     俺の身体は      ないはずの俺の身体が、ふわりと懐かしいものに包まれた。

 「フレンジー」

 

 バリケードが、俺を覗き込むように見て、笑っていた。

 

 「…バリケード」

 「ああ」

 「何、やってんの」

 力強い腕が俺を抱えて持ち上げる。俺のとぼけた質問を茶化すこともなく、かなりの至近距離まで顔を近づけて、
 バリケードは言った。

 「迎えに、来た」

 

 ああ。

 

 何死んでんだよとかなんか色々言いたかった気がするけど、それもお互い様で言う気は失せた。
 

 「バリケード」

 俺の、バリケードが。

 

 ここにいる。
 今までと同じように俺の側にいて、俺をらくらくと抱えて、その瞳が俺を見る。
 俺のいるべき場所が、そこにある。

 

 「…俺達の乗る船は、ずっと一緒だ」
 「…ああ」
 「どこへ行こうと何をしようと、そういう運命だ」
 「ああ」
 「それでいいか」

 俺は目の前に確かに存在するその運命に触れ、その感触を確かめ、同じように俺を確かめるバリケードの馴染んだ
 指に触れた。口元を軽くあわせて、頷く。

 「それ以外、何もいらない」

 

 バリケードは笑って、俺を大事そうに抱きかかえて肩に乗せると立ち上がった。

 「行くか」
 「どこへ?」
 「みんな、待ってる」

 気づけば扉の向こうに懐かしい面々が見える。
 メガトロン様も雄々しくそこに君臨し、口元で笑うと背を向けて歩き出していた。
 「…スタースクリームがいないけど」
 「あいつやな奴だからそう簡単に死なねえよ」
 「…そっか」

 

 変わらない。
 失われはしない。
 俺の運命はそこにいる。いつまでも、永遠に変わることなく。
 何があろうと、俺達の意思も、行き先も、変わりはしない。

 

 「ブラックアウトがな、早くスコルポノックを迎えに行きたくて今にも泣きそうだからよ」
 「泣いてなんかねえよ!」
 「だから言ってんだろう、泣きそう、って」
 「うっせー、早くしねえと置いてくぞ!!」

 「早くあいつも迎えに行ってやんねえとな、一人ぼっちじゃ可哀相だ」
 「…うん」
 「フレンジー」

 

 変わらない、何にも変えられない、大切な赤い瞳が瞬いた。

 

 「共に生きよう」

 

 

 To be in the same boat.

 


…でもバリケードは生きてると信じている私です…
(ちゅうかフレンジーも生きててくれよ、頭飛ばされたって回路無事なら大丈夫なんだろ!!)
某所で忠犬(忠蠍?)よろしくお砂の中でご主人を待つスコちゃんのお話を読み
インスパイアされて書きました。
意味は一蓮托生。そんな関係が理想。

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