コトノハ

 

 

 早急に仕上げろ、と急かされていた仕事を片付けて、いつも通りになんとなしに本部コンピュータを覗いていたクルルは、シークレットファイルに見慣れた名前を見つけてキーボードを叩く手をとめた。
 つい先程決定したらしい、現在侵攻中への惑星の一斉突入。
 先行部隊の第一番目。
 階級から言えば、もっと下の者に任せるべき任務に、彼の名前。
 

「先輩、いるかい?」
 そう聞いたものの、勝手知ったるなんとやらで、返事を待たずにボタンを押して部屋の中へ入る。彼は普段と変わらず床に大々的に広げた武器の整備をしていたが、クルルの侵入に顔をあげ、少し眉を寄せた。
「…クルル、何度も言うが一応俺の返事を聞いてから入ってくれ」
 彼−ギロロはそうは言うものの、さほど困った様子でもない。クルルもそれを分かっていてくくく、と笑う。
「でも今までダメだって言われたことねえぜ?」
「…それは、そうだが」
「じゃあ聞いても聞かなくても一緒だろうよ」
 相変わらずのクルルにギロロは少し笑みさえ零してライフルを置いた。
「で、どうした」
「用がなきゃ来ちゃいけないかい?」
「…」
「さっき知ったんだが、アンタ、突撃隊の指揮官だそうじゃねえか」
「…さすがに情報が早いな。また勝手に覗いたのか」
「まあな。どうせ知れる情報だし」
「仕方のない奴だ」
 ギロロは立ち上がると最近常備されるようになってしまった灰皿をクルルに差し出し、自分は冷蔵庫からミネラルウオーターの瓶を取り出してベッドに座った。プルトップをあげて一口それを飲むと、少し照れたように、それでも誇らしげな表情で笑う。
「どうしても俺に来て欲しいと言われてな。そう言われては断れんし、断る理由もない」
「…」
「俺が行くと、士気があがるそうだ」
 クルルは煙草に火をつけると、ふ、と息をついた。
 それはそうだろう。戦場の赤い悪魔。戦うために生まれた男。戦闘となれば真っ先に飛び出して敵を蹴散らし、容赦なく全てを自らの手で奪い去る。それでいて同胞を最後の最後まで信じ、守り通す美しい軍神。ギロロの為なら、ギロロが行くなら自分も、と志願する若い兵はいくらでもいる。
 煙を燻らせながら、クルルは愛しいその人を誇りに思い、ついては行けない自分を歯がゆく思い、なんでもなさそうに呟いた。
「…まあ、俺がどうこう言っても先輩は行くんだろうけどよ…」
「当たり前だ」
「一番の危険地帯だって聞いてるぜえ、アンタの行くとこは」
「ああ、分かっている。いつも以上に気を引き締めねばならんな」
「気ィつけなよ。必要なら武器のメンテナンス、今ここでしてやるぜえ」
「すまんな…実は手を煩わせてはいかんと思って迷っていたのだが、お前がそう言ってくれるなら是非頼む」
 差し出されたギロロ愛用の武器達を受け取ったクルルはタバコを灰皿に押し付け、無言でメンテナンスを開始した。いつの間にか空間から現われたパソコンとツールボックスを駆使して、次々と武器を整備してゆく。その姿を見守りながら、普段なら茶化したりギロロにとっては無謀な要求をするはずのクルルの常とは違う表情に、ギロロは邪魔にならないよう口を開いた。
「クルル」
「なんだい」
「いつもすまないな。お前には頼りっぱなしだ」
「やめてくれよ、これが俺の仕事だからな。上が何言おうと、アンタに頼まれりゃあ何だって作るし、直してやるよ。アンタからは最高の見返りが期待出来るしなあ?クックック」
「クルル」
 はぐらかすようないつもの言葉を真っ直ぐに飲み込んで、ギロロは大切そうにその名を呼ぶ。
「…ちゃんと、戻ってくるから心配するな」
「!」
「俺は生まれながらの軍人だ。命令なら何を言われても従う。これから行く場所がどんなに危険であろうとも」
 クルルは黙って作業を進めていたが、やがてメンテナンスを終えると煙草に火をつけ、くく、と笑った。
「じゃあ、上官の俺が行くなっつったらどうする?」
「馬鹿なことを言うなよ」
「…」
「そのうちお前にも指令が来るだろう。お前は作戦部の重要なブレーンだ。お前が作り、整備した武器で、お前が立てた作戦で、俺は出征する。俺はお前を信じている。間違いなくケロンの勝利だ」
「…先輩」
 無理だとは分かっている。いくらクルルでも本部の命令そのものに太刀打ちできるわけはない。いや、しない。ギロロは戦場にいてこそギロロだと、自分がいちばん分かっているから。それを止めるなど、ありえない。自分はただ、最高の技術と戦略をもってギロロ達を最前線に送り出すしか。
 しかし。
 戦場に100%はない。自分の才能を、ギロロを信じていないわけではないが、そのいやな可能性にクルルは時々打ちのめされる。戦士と技術人。彼と、自分との立場の違いに。もし、帰って来なかったら…という不安を背負いながら。
 黙りこんでしまったクルルを見て、ギロロはふっと笑うとクルルに一歩近づいた。
「クルル」
「せんぱ…」
 いきなり抱きしめられる。クルルは不意打ちに煙草を取り落とすところだった。
「クルル」
「…先輩、びびるぜえ。どういう風の吹き回しだい」
「お前でも驚くことがあるんだな、ちょっといい気分だ」
「…ちっ」
 ふわりと首筋にかかったギロロの微笑を含んだ吐息にクルルは舌打ちするが、そういやな気分ではない。寧ろ本当に驚いて、ギロロにされるままになっている。
「こういう時に俺は気づかされるよ。俺はなんだかんだでお前にいいようにされていて、少なくとも頭の回転では俺はお前に敵わない。しかし、やはりお前は若いな。俺より年下なんだと、思い知らされる」
「なんだよそれ」
「いいから聞け。俺は、戦いの為にこの星を発つ時、3つの確信を常に持っている」
「3つ?」
 ギロロは一旦クルルから身を離し、クルルの手から煙草をそっととると灰皿にそれを落とし、クルルをじっと見つめた。
「まずひとつ。ケロンは必ず、いつか全宇宙の頂点に立つ」
「さすがギロロ先輩。軍人の鑑だね」
 クルルが茶化すが、ギロロはそのまま続ける。
「ふたつ。
本部にお前がいる。お前が立てる作戦に間違いはない。技術に間違いはない。お前が与えてくれたもので俺は思い通りに存分に戦って、勝利する。お前が俺に、それを可能にさせてくれる」
「先輩…」
「それから…みっつ。お前が待っているから、俺は戻ってくる。お前の為に発ち、お前の為に俺は帰ってくる」
「…強えな、アンタは」
 あまりに自信に満ちた言葉と、あまりに率直な自分への情愛。この人だからと分かっているけれど、あんまりストレートだから逆に恥ずかしくて、少し嬉しくて、クルルはわざと呆れたように呟いてみせた。
「だから言っている、お前は若いと。俺だって伊達に年を食っているわけではないぞ」
「戦場に絶対はないぜえ」
「ならば作るまでだ。俺の一念で作ってみせる」
 ギロロは笑い、クルルの手をとると強く握った。
「だからそんな不安そうな顔をするな。そんな顔をされては、出立しにくい」
「…っ、誰が…」
 照れたように頬を赤くするクルルを見て、ギロロはそのまま手を自分の唇に寄せた。
「クルル」
「…調子狂うぜえ、やり慣れないことすんなよ」
「今、いい言葉を思い出したんだ」
「何だよ?」
「こういう時に言う言葉さ。そのまま引用するのは何だがな、あの、ケロロが好きだったアレ」
「…ガンダム?」
 ギロロはそのままにやりと笑った。その自信に満ちた微笑に、瞬間ぞくりとする。が、次にギロロの口から出た言葉にほんの少しだけ気分が削がれた。

「お前に捧げよう。『勝利の栄光を君に』」

「…」
「俺の手柄はお前の手柄だ。いい言葉じゃないか?」

 …この人は…ほんとに…
 

 自分はこの人のこういうストレートなところも含めて愛しいのだと、半ば自分でも呆れながらクルルは言った。
「…先輩…話の内容知らねえで言ってるだろ」
「え?」
 きょとんとしたギロロの隙をついてそのまま床に押し倒すと、クルルは首筋に顔を埋めた。
「ちょ…おい、クルルッ」
「ったくよお、ほんと可愛いな、アンタ」
 クックック、とおかしそうに笑って、クルルは続けた。
「その台詞はな、主人公のライバルが後々裏切る自分の友人を戦いに送り出す時、皮肉を込めて言った台詞なんだぜえ」
「何…っ」
「言葉だけ聞きゃあいい台詞だけどな…そういうバックグラウンドなんだよ、先輩」
「…」
「あー面白え、アンタほんと面白えよ」
 耳元で囁かれる声と、笑い声。恥ずかしいのと耳にかかる息に赤くなったギロロは無理やりクルルを引き剥がした。
「…笑いすぎだ」
「笑わずにいられねえよ」
「俺流の解釈でいいだろう…別に」
「いやアンタらしくていいけどよ、ほんとたまんねえよ。このままやりたくなっちまう」
 そう言って自分の手首を掴んだクルルに、ギロロはさらに赤くなった。
「ばっ、馬鹿!」
「アンタがあんまり可愛いからさあ」
「俺は半日後には出征の身だぞ!」
「だいじょぶ、先輩タフだから」
「そういう問題じゃない!!」
「じゃあどういう問題?」
「クル…ッ」
 返事を聞く前に唇を塞ぐ。ひとしきりそれを味わうと、クルルは顔を上げて唇をぺろりと舐めた。
「は…」
「…しょうがねえな、じゃあ帰って来たら続きな」
「…」
「なんだよ、俺の為に帰って来てくれんだろ、先輩?」
「つ、都合よく人の言葉尻とらえやがって…」
「じゃあさっきのアレ嘘なワケ?」
「う…」
 そう言われてギロロはぐっと言葉に詰まるが、にやにやと笑うクルルに諦めたような顔でため息をついた。
「…分かった」
「そ。じゃ、そろそろ俺帰るわ。アンタがちゃんと俺のところへ戻ってこれるようにな」
「…えらく諦めが良いな」
「人生諦めが肝心ってね。ま、どうせそのうち作戦会議に呼び出されるし、言われる前にやっとくぜえ」
「クルル」
 珍しくあっさりと立ち上がり、ドアへと向かうクルルに、床に転がったままのギロロが声をかける。
「何?」
「…行って来る」
「ああ。…それは、いいチョイスだぜ、先輩」
「?」
 クルルはドアの前で振り返って言った。
「『行って』『来る』だからな。ちゃんと帰って来る証拠だ。そう言うからには間違いないぜえ」
「…そうだな」
「俺の名前も一部入ってるし?」
「くだらんことを言っている暇があったらその頭を作戦へまわせ、馬鹿者」
「へいへい、先輩が無事戻ってきて無事がっつりヤれるように頑張りますよ」
 

 いつまでもこんな風にしていたいけど。アンタの言葉と、俺の言葉と、絡めて楽しんでいたいけど。
 続きはお互い仕事を終えてから。
「いってらっしゃい、先輩」
 クク、といつも通り笑うと、クルルはドアの向こうへと消えた。


クルギロ処女作。つか、小説4年ぶりくらいでした…
「下手の横好き」のなかま樹見さんに敬意を表して押し付けました。アハハ。

 

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